「いやー、君は見る度に傷と包帯が増えて行くね、カゲトラ君。その内木乃伊(みいら)男みたいになる日も近そうだ。ともかく、初陣で死ななかったのは重畳重畳」
    「ふざけんなよ、冗談じゃねえ……こんなんじゃ命がいくつあっても足りねえわ」
     病室の寝台の上でカゲトラが元から凶悪な顔をさらに不機嫌に歪めているのは、こちらへ戻って来るまでの間、流れ続ける血をナナキが勿体ないと舐め続けたせいだ。おかげで本気であの世の入口に広がる花畑へ、河を渡って向かいかけたから、こんな時お決まりの手を振って招く親族などいなかったことを初めて感謝した。
    「もう機嫌を治せ、カゲトラ。わしが悪かった。もう二度とせぬと誓う。詫びに膝枕で運んでやったのだからおあいこじゃ。主の髪の毛、ちくちくして痛かったぞ」
    「二度目があって堪るかよ!! くそ!」
     黒須が持って来てくれた鉢盛りの中から林檎を引ったくると、カゲトラは苛立ち混じりにそのままかぶりつく。
    「それより君が手当てを受けてる間、面白い情報が得られたよ。聞きたい?」
    「あんだよ?」
     計六発の弾丸摘出と縫合、輸血、その他諸々の手術を『手当て』と言える黒須の神経に、何度か覚えたことのあるひやりとした感覚を堪えながら、カゲトラは彼に視線を向けた。まあ、急所や内臓、骨のどこにも異常がなかったからと言って、術後間もなくこうしている自分も大概なのだろうが。
    「第五大隊はあんなことになっちゃって、今上に下にの大騒ぎみたいでね。佐々作戦室長官まで駆けつけちゃって……まあ、とにかく弔うにしても死体を取りに行かなくちゃってことで、残りの隊員でえっちらおっちら出向いたらしいんだけどさあ」
     片手を口元に寄せて声を潜める黒須に、思わずカゲトラもナナキも耳をそばだてる。
    「死体……なくなっちゃってたらしいんだよね、四人分。欠片も残さず」
     惨劇が繰り広げられた形跡として、破壊跡と焦げた壁、血の海は残っていたそうだが、そこに転がっているはずの四人分の死体は何一つ発見されなかったのだと言う。
     ナレノハテと化した佐々はナナキに粉砕されたために残っていなかったとしても、部下たちの曲がりなりにも軍人の――標準よりは体格のいい男三人は確実に消え失せたことになるのだ、この上官の話が本当ならば。
    「……まあ、玖街(くがい)にゃ死体から綺麗な臓器抜き取って売り捌く輩もいるってえ話だが、それにしたって全部丸ごとってのは妙な話だ」
    「そうじゃな……まるで、調べられる前に回収せねばならぬ理由があったかのような……黒須、目撃者はおらぬのか?」
    「それがまあ、ほらあの騒ぎだったでしょ? こりゃヤバいってんで、みんな結構自主避難してたらしいんだよね。おかげで誰も捉まらなくて」
    「ふむ……例え何か見たにしても、あの街の住人には疎まれておるからの。素直に協力してくれるかどうか……」
     難しい顔をする二人にふと、あることを思い出したカゲトラはそう言えばと前置きをしてから口を開いた。
    「関係あるかどうか解んねえけど、佐々の野郎阿片やってるみてえだったんだよな……間近で斬り合った時、匂いがした。多分他の三人も手を出してると思う」
    「阿片か……まあ、軍属には珍しくもないよね」
     度重なる戦闘と過酷な環境から逃避するために、兵士は様々なものに溺れて自分を保とうとする。
    酒、オンナ、煙草、そしてクスリ――日常に戻れば身を持ち崩すことは解っていても、戦が長期化すればするほどそんな遠い場所に戻れる保証は頼りなくなって、目の前の快楽に縋るしかなくなるのだ。
    「玖街(くがい)の掟を破ろうとしている者がいるってえ密告があったんだろう? もしそいつが他とは『違う』阿片を売っていたら? 士族だ何だと威張り散らしてたあいつらが、わざわざあそこに出向いて来る理由にはなる」
    「そいつが秘密を守るために第五大隊の奴らの死体を回収した、と? 成程……辻褄は合うな」
    「そしてもし、その阿片が鬼化を促すような成分が含まれていたら? 最近増えた事例も佐々の暴走も、もしかしたら偶然じゃないかもしれねえ」
     仮定と言うにはあまりにも、カゲトラの口調は確信の色を帯びていた。
     確かに揃った手札を組み合わせて導き出される答えは、自ずとその一つに絞られるかもしれないが、それにしても異常なまでに勘働きが鋭い。
    ――主は……何を知っておるのじゃ?
    「とにかく管轄は私たちの仕事だからね。他の奴らに引っ掻き回される前に、捜査を始めたいところだ。やれやれ、本当にもう少し人手が欲しいよなあ……」
    「玖街は顔役の連中三人に、話を通さねばならんのも面倒じゃしの」
    「え、ちょっ……待てよ! 俺、重傷者なんだけど! 絶対安静って言われたんだけど!!」
     すぐにでも現場に戻ろうと言わんばかりの雰囲気の二人に、思わずカゲトラは声を荒げた。そりゃあ、従軍中は多少の怪我を負おうが、満足な手当てもされず先へ進むことも少なくない。
     が、今カゲトラは数発撃たれているのだ。血も足りないのだ。何よりナレノハテとの初めての戦闘は、心身をこれ以上ないくらいに疲弊させた。せめて傷が塞がるくらいまでは養生したい。しかし、その抗議の声にナナキはにっこりと笑みを浮かべ、
    「うむ、だからわしが今晩は付きっきりで看病してやる。ゆっくり休むがよいぞ」
    「一番安心ならねえわ! 寝れるか!!」


    →続く