ぼっ! と燃えた大気を巻き込みながら放たれた灼熱玉がナレノハテの身体を吹き飛ばす。粉々になったその破片とぶちまけられたどす黒い血が、再びうぞうぞと集束して再生しないのを確認してから、カゲトラは伝って来た汗を拭った。
    「っし、これで何体目だ!? っつーか、絶対ぇこの前より増えてるよな!?」
     やはり本調子でない身体で無理を押しての戦闘はいつもより負担がかかるのか、少しの立ち回りで容易く息が上がる。
     直接斬り合いには持ち込めないと踏んで、黒須に無理矢理借りた蒸気二輪を足にして距離を保ちながら短大砲で応戦しているものの、運転をしながらの狙撃と言うのもなかなか神経を使う難しいものだ。
     それでも、男が塒(ねぐら)にしているのは恐らく廃坑だろうと睨んだカゲトラの勘は、間違っていなかったらしい。
     何しろ近付くに連れ、先日始末し損ねた阿片中毒のナレノハテたちがあちこちの路地から出るわ出るわ。まるでこちらの行く手を阻むように、邪魔をして通すなと命じられてでもいるかのようである。
     廃坑は玖街(くがい)の西部にある地下鉱脈だ。
     この国の動力源である蒸気機関『タカマガハラ』を機動させるには、大量の石炭や鉄鋼石が必要なのだが、ここは非常に質のよい『竜鉄鋼』と呼ばれる石が多く含まれた地層だった。当然その利権は誰しも喉から手が出るほど欲しいものだから、帝国政府と三頭竜のいずれも激しい火花を散らして奪い合い、血で血を洗う交戦が何度も起きたらしい。
     しかし現在、その誰もが所有権を保持してないのは、この坑道地下深くが有毒瓦斯(ガス)の溜まった危険地帯であるからに他ならなかった。
     お陰でまだ採れただろう竜鉄鋼をそのままにして、誰もが指を咥えたまま不可侵を保つしかない。下手に刺激して爆発でも引き起こそうものなら、この国はそのまま沈むしかないからである。
     そのため以前建設された採掘施設を含め、玖街において三頭竜の目を逃れて潜伏しておくには、唯一にして最適の場所と言えた。
    ――ナナキ、くたばってんじゃねえぞ……
     込み上げる不安を押し殺しながら、カゲトラは汚れた路面上を蒸気二輪で駆る。耳元で唸る風が無駄なことだと嘲笑っているようで、苛立ちを堪える代わりに強く鞴(ふいご)を踏み込んだ。蒸気駆動が甲高い咆哮を上げる。
     再度、ナレノハテたちがこちらに向かって来るのを視界が捉えた。
    ――絶対ぇ迎えに行くからよ!
     シュラモドキを構え、次弾を装填する。きりきりと機巧が回転し蠢き、獲物を屠る準備を終えて待機する。それはさながら、地に伏せ一気に飛びかかる瞬間まで息を潜める猛虎のような――
    「喰らいやがれ!!」
     射程内に入ったと同時に、カゲトラは引き金を引いた。間近の轟音に一瞬聴覚が麻痺してきん、と耳鳴りがする。
     蹴散らしたナレノハテの残骸を避けて通りを抜けると、ようやく閉ざされた廃坑の入口が見えた。本来なら古びた鎖が幾重にもかけられ、がっつりと南京錠が何個も嵌められているはずなのだが、今は遠目にもその綻びが僅かに緩み、最近人の出入りがあった明らかな証拠として、扉がほんの少し開いていた。
    内側からは綺麗に締め切る術がないのだろう。
    ――間違いねえ……ここだ……
     扉ごと吹っ飛ばしてやろうと、もう一度得物を構える。狙いを定め、いざ引き金を引こうとした瞬間――
     ずしん……っ!
     大地が沈んだのかと思えるほどの激震がカゲトラを襲った。一度の揺れでは収まらず、そのまま世界が軋むようにして激しく震えている。
    「な……っ、一体何だ!?」
     とても蒸気二輪など走らせられる状態ではなく、カゲトラは慌てて跨がっていたものから降りると、通りの中程で得物を元の日本刀へと変形させた。この辺りに高い建物はないが、如何せん少しの刺激で全壊しかねないぼろぼろのものばかりだ。
     固唾を飲んで辺りの様子を伺っていたカゲトラは、足元の路面が音を立てて罅割れて行くのに気がついた。地下から何かが競り上がって来ているような、得体の知れない気配が近付いて来ているような気がする。
    ――ヤバいヤバいヤバい、これは最大級にヤバい!!
     ナナキの元へ辿り着く前に、こちらがおっ死んでは話にならない。がらがらとこぼれ落ちて来る破片を避けながら、仕方なく一時退避を決意する。
    「くっそ! もう目と鼻の先なのに……おいこれ、あいつ大丈夫なんだろうな!?」
     地下に囚われているとすればナナキは逃げられるだろうか? もしまだあの銀糸で拘束されてなどいたら、いくら彼女でも無事にはすむまい。
    ――くそったれ、ここまで来たのに!!
     ぎゅっと悔しさを堪えてカゲトラが拳を握ったと同時、爆発音と共に何かが地面の中から飛び出した。


    →続く