※この回は近親表現があります。苦手な方は自己責任で。















    「え……? きゃあっ!?」
     唐突に布団の上に突き飛ばされて、まほろは小さく悲鳴を上げた。痛くはないが、一体何が起きたのか――少なくとも今までその暴力の矛先は、自分に向けられたことはなかったから思考が混乱する。
     が、事態を理解するより早く、圧し掛かって来た修晟に押さえ込まれ、組み敷かれた。
    「父様……!? 一体何を……」
    「決まってるだろう、俺があの狗ころを跡目に据えるとでも? 寧ろここまで生かしてやってのを、感謝して欲しいもんだな」
     もがいても足掻いても、本気を出した大人の男の腕は振り解けない。
    「どうして俺がアレを生かしてやってるか、その意味をよく考えろ、まほろ。そして、お前が生かされている理由も、だ。十八まで待ってやった。俺は優しい男だからな……手荒にしたくはないんだよ」
     つ、と節張った硬い掌が、身体の線をなぞって滑り落ちて行く。その感触を楽しむようにぎりぎりの強さで込められた力に、ゾッと全身が怖気で総毛立った。
    「い、やぁ……っ! やめて父様……やめて! 誰か……っ」
    「聞き分けろ。それともアレを叩き斬って、首でも持ってくれば大人しくなるか?」
    「……っ!」
     思わず息を詰めたまほろに、修晟は声を殺して嗤うと、全てを見透かすような眼差しを細めた。口唇が触れ合わんばかりの距離で動揺の滲む目を覗き込むと、
    「気付かねえと思ってたか? お前が必要以上にアレに構うのは、アレがただ一人お前だけに懐くのは、互いに惹かれ合ってるからだろう? 姉弟としてじゃなく、雄と雌として、だ。だがな、まほろ……お前たちのそれは、愛じゃない。本能だ。天狼の人間は、近しい相手としか番えないのさ。そうして代々この血統を守って来た」
    「放して……っ、こんなの……間違ってます!」
    「正しいか正しくないか、そんなことはどうでもいいんだ。大事なのは、アレの命を握ってるのはお前だってことさ。お前が自分の役割をきちんと果たすなら、これからもちゃんと生かしておいてやる。何、怖いのは初めだけだ……その内自分から脚を開いてねだるようになるぜ」
     纏っていた服を引き裂かれ、直肌に修晟の指先が触れた瞬間、どくんと一際大きく心臓が跳ねた気がした。身体が火照るのは力が入らないのは、てっきり酒のせいだと思っていたが、恐らくその中に何か入れられていたのだろう。
    「いや、やだやだ……やめて、父様! やめて……ぇっ!」
    ――助けて、閃光……っ!!
     ぼろぼろと溢れた涙がまほろの頬を伝っても、父はその手を止めようとはしなかった。
     貪られ弄ばれるごとに、身体の奥から何かが込み上げて来る。修晟を拒絶する心とは裏腹に、引き出される快楽は歓喜を齎し、与えられるものを震えて飲み込み、まほろを乱れさせた。
    「や、あ……っ、ぁあっ! んっ、ぅ、あっあああ――っ!」
     痛みも衝撃も摩り替えられたせいで、破瓜の血がシーツを汚していなければ、悪夢だと思うことも出来ただろう。
     悲鳴は次第に甘さを帯びた啼き声になり、貫かれ穿たれる度に、しとどに蜜を溢れさせた。気付けば意思とは無関係に身体は雄の熱を欲し、厭らしく求めて蕩ける。まほろは二重に裏切られたのだ。父と己の奥底に眠っていた獣と。
     何度犯され何度注ぎ込まれ、何度無理矢理押し上げられて果てたのか――ふつりと白く染まって途切れていた意識が戻った時、修晟の姿は傍になかった。
     残っているのは冷めた欲望と、どろどろにぶちまけられて汚れた本性だけだ。
    『お前たちのそれは、愛じゃない』
     虚ろになった己の中に反響する、父の声。
    ――そうだ……
     自分はただ、閃光が可哀想だっただけだ。誰からも望まれない、いないことにされた存在が可哀想だっただけだ。彼を大事にすることで、自分の居場所を生きる理由を守ろうとしただけだ。その闇に沈められたのが、己でなくてよかったと――そう安堵するために。
     閃光のために抵抗しなかった訳ではない。
     そうでなければ、
    ――舌でも噛んで死ねたはずでしょ……
     辱しめられる前に、純潔を蹂躙される前に、本当に彼を想っていたなら、取るべき術は他にもあった。
     肌寒さを覚えてシーツを手繰り寄せたものの、染み付いた修晟の匂いに吐き気が込み上げる。嘔吐いて出してしまいたかったのは、己の穢らわしく薄汚れた素顔なのだろう。起き上がった弾みで、溢れた白濁がどろりと内腿を伝った。
    ――ごめんなさい、ごめんなさい……閃光……
     何度も助けてと心の中でその名を叫びながらも、身体は父から与えられる快楽を甘受した。悦びだらしなく乱れてもっとと果てしなく欲した。想う相手ではないのに、甘く疼く熱は細胞の一つ一つを焦がし、結局のところそんな程度のものでしかなかったのだと、覚悟の薄っぺらさを突きつけた。
     こんなことならいっそ、殺してくれればよかったのだ。
     それとも信じていた姉に裏切られた弟に、殺して貰おうか。
     ポケットに入れっ放しにしていた閃光がくれた花飾りは、ぐしゃぐしゃになって跡形もなくなっていた。
    『何か貰うのなんて初めてだ……』
    『俺も……まほろに何かあげたいと、思って……』
     はにかんだように視線を逸らす閃光の顔が、脳裏に蘇る。
     今頃になってずきずきと痛み出す身体を引き摺って、あちこちに刻まれた所有痕を隠すように箪笥の中から綺麗に畳まれた服を取り出して纏う。ボロ屑と化した方は、汚れたシーツと共に丸めてゴミ袋に突っ込んだ。
    ――どうして……
     こんなことになったんだろう。
     一体どこから間違えて、一体何を間違えて、
    ――いや、きっと最初からだ……
     外はもう明るい。
     また、一日が始まるのだ。
     昨日までとは打って変わった、絶望に染まる一日が。
    ――閃光の……ご飯作らなくちゃ……
     止めどなく溢れて来る涙は止まらない。脱け殻のようにふらつきながら、まほろはいつもと同じように台所へ向かった。


    * * *


    →続く