「偉い?」
「偉いさ、この数値ならもう実戦でも通用するよ」
割って入った同僚の声に、オルゲルトは少し顔をしかめて背後を振り向いた。
「セルゲイ、あんまり甘やかさないでくれ。それに、俺はこの子たちに自分の力の使い方や制御方法を覚えて欲しいだけで、別に軍属して欲しい訳じゃあない。この子たちの未来は自分で選べる、そう思ってる」
「だとしても、十二分に優秀だってことさ。さすがはオルゲルトの息子だな。将来が楽しみだ。心強いよ」
わしゃわしゃとセルゲイの大きな掌で頭を撫でられて、ラスカーもユーリも悪い気はしない。父とは違うこの感触も、彼らの誇りであるオルゲルトを讃えてくれることも、嬉しいものだ。
「僕ね、大きくなったら、父上と一緒に悪いやつからみんなを守るお仕事するんだ」
ユーリは両方の拳をぎゅっと握り締めながら、父とセルゲイに宣言するように胸を張った。得意気に尻尾が左右に揺れている。
「そうかそうか、そう言って貰える内が華だな」
半分くらいの心積もりでいよう、とでも言うように、オルゲルトは苦笑気味にユーリの頭をポンポンと叩いた。
「本当だよ! 僕とラスカーが揃ったら、勝てないやつなんていないよ。ね? ラスカー」
「…………僕は…………」
賛同を得ようとこちらを振り向くユーリに、ラスカーはそっと目を伏せる。
組み手の訓練ですら苦手だ。
それは絶望的に才能がないから、ではない。どう動けばどれだけのダメージを与えられるか、無意識のレベルでイメージすることが出来るくらいーーそして、対人ではなく先程のように訓練用機械であれば、如何なくその実力を発揮出来るくらい、ラスカーは秀でた嗅覚を保持しており、それは決してユーリに引けを取るものではない。
しかし、上手いこと調節や加減をして的確に相手を制する勘のよい双子の弟とは違い、ラスカーには常に相手が壊れたビジョンしか見えないのだ。己の過ぎた才覚は矛先を僅かでも違えば、匙加減を微かにでも間違えれば、たちまち相手を屠る暴力になることを知っているからこそ、怖くて堪らない。
一度二人で組み手中、ユーリに怪我をさせてしまってから、ますますその傾向は顕著になった。
当の本人は「やっぱりラスカーは凄いや」とけろりとした顔で笑っていたのに、その日からラスカーが人と相対して訓練に立つことはなくなった。
向いてない、と言ってしまえばそれまでなのだろう。戦いには、誰かと争うには、ラスカーは優しすぎた。
「僕は〈魔女〉みたいにみんなの役に立つ〈魔法術〉を作りたい」
「ええー!? ラスカー研究者になるの!? そしたら、双子ヒーロー出来ないじゃん!」
「ユーリにカッコいい武器作って上げられるよ。他にもメカとかいっぱい」
「でもなー、僕二人の必殺技とかめっちゃ考えてたんだよ!?」
「ユーリ、無理強いはよくないぞ。とにかく、二人共シャワーを浴びて着替えておいで」
延々と続きそうだった不満を遮って、オルゲルトは息子たちをそう促した。何か言いたそうに口を尖らせたものの、ユーリは大人しく「はぁい」と返事をする。
「ラスカー、行こう」
「うん」
「今日さ、帰ったら昨日のゲームの続き……」
手を繋いで遠ざかって行く小さな背中に、セルゲイが苦笑をこぼした。
「あれじゃあ、どっちが兄貴か解りゃしないな」
「別に、二人にはあれが自然なんだから構いやしないさ。ところでセルゲイ、今夜は予定通り十八時からでよかったか?」
「ああ、どっかの馬鹿が街中で花火使って、店の天井を吹っ飛ばしたりするような、野暮な真似しなけりゃな」
「了解。それじゃあ、急いで戻らなきゃ。また後で」
「ああ、また後で。楽しみにしてるよ」
「チェルノフ隊長、すみません。こちらの機材なんですが……」
オルゲルトが息子たちの後を追って、踵を返すのを見届けてから、セルゲイは横合いから声をかけて来た部下へ向き直った。ざっとデータに目を通し、チェックを入れて指示を出す。
いつの間にやら陽は落ちて、気温も下がりつつあった。時期に関わらず、ロシアーヌ連邦は日が短い運命(さだめ)だ。ましてや、雪に閉ざされる季節はもう間近に迫っている。
「おーい、お前ら! 撤収にかかってくれ。じきに陽が暮れるぞ」
あちこちで野太い返事の声が上がるのを確認して、先に車に乗り込む。報告を上げて戻り、身支度を整える時間を考えるとぎりぎりだ。エンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
「〈魔法術〉、か……俺には縁がない話だな」
小さくこぼした一人言は、苦笑と共に窓硝子に当たってそのまま消えた。
* * *
→続く
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