「「セルゲイおじさん、しょーしんおめでとう!!」」
     玄関の扉を潜るなり浴びせられた複数の炸裂音に、セルゲイは普段の習性から、咄嗟に身体を丸めて致命傷を負うまいと急所を庇った。
     が、華やかに宙を舞った色とりどりの紙吹雪やテープに、ようやく彼は何事かを理解したらしい。虚を突かれたような驚き顔を綻ばせ、照れ臭そうに後ろ頭をかく。
    「はは、ありがとう二人共。撃たれたのかと思って、ビックリしちまったよ」
     駆け寄って来た双子を軽々と抱え上げ苦笑いを浮かべるセルゲイに、アリョーナはしてやったりと得意気な悪戯顔をしている息子たちを、軽く睨んだ。
    「もう、だからクラッカーはやめなさいって言ったのに。いらっしゃい、セルゲイ。ごめんなさいね」
    「構うもんか。いつも『戦士たるもの如何なる時も油断をするな』って教えてるのは、俺だからね」
    「だからって、他のお客様だったらどうするのよ」
    「ちゃんと確かめてからやったよ」
    「僕らが父上とおじさん間違える訳ないじゃんか」
     一丁前に口を尖らせて反論するラスカーとユーリに、アリョーナはさらに叱責の言葉を重ねかけたが、それはオルゲルトによって制された。
    「お説教は後にしよう。お祝いの日だ。それに、せっかくの君の料理が冷める。セルゲイ、楽しみにしてずっと車の中で腹の虫が鳴いてたんだぜ」
    「まあ」
    「おじさん、すごいよ。めっちゃごちそう」
    「ケーキもあるんだよ」
     すり抜けた腕をぐいぐいと引っ張りながら、二人はセルゲイをダイニングまで案内した。
     訓練後で腹ペコは限界で、早くその食欲を満たしたかったと言う事情も多大な理由ではあるが、アリョーナが朝から下拵えと準備をして腕によりをかけた様々な料理は所狭しとテーブルを彩っていて、それはそれは見事であるのを自慢したかったのである。素朴な家庭料理ではあるものの、母の作るご飯が世界一だと信じてやまない双子にとって、この食卓はどんな一流レストランよりも素晴らしい席だった。
     足を踏み入れたオルゲルトとセルゲイが、揃って口笛を吹く。
    「これはすごい。張り切ったな、アリョーナ」
    「何か悪いなぁ……こんなにしてもらって」
    「何言ってるのよ、いつもお世話になってるもの。それに、いつも外食じゃあ栄養片寄っちゃうでしょう? 身体が資本なんだから、こう言う時くらいしっかり食べてちょうだい」
     真ん中には彼の好物であるラズベリーケーキが据えられ、まるで誕生日パーティーのような賑わいだった。
     照れ臭そうなセルゲイの巨躯を引っ張って特等席に座らせると、双子は忍び笑いをこぼしながら、背後に隠し持った何かを気づかれまいと、こそこそ彼の前に歩み寄った。
     先程クラッカーの襲撃を喰らったばかりだ。
     一体次はどんな悪戯を繰り出されるものか、とやや警戒心を滲ませながらぎこちない表情を浮かべるゲストに、ラスカーとユーリは満面の笑みで勢いよくそれを差し出した。
    「「ひょーしょーじょー!!」」
     まだ高めの声を揃えて唱和する。
    「セルゲイおじさんは、毎日頑張って国の平和を守りー!」
    「みんなの笑顔のために貢献したので、中佐に任命します!」
    「「これからも頑張ってね!!」」
     たどたどしい手書きの表彰状と似顔絵、手作りのメダルだった。よもやそんなものを貰えるとは思っていなかったのか、息を止めて数秒戸惑うような間があったものの、セルゲイは教え子であった双子の小さな身体を力一杯抱擁した。
    「ありがとう、二人共……嬉しいよ。司令官に貰った本物の百倍嬉しい」
     昇格に伴って、セルゲイは現在所属する部隊を離れる予定になっている。オルゲルトの指揮下から外れ、新たに設立されるチームの指揮官に抜擢されたため、ラスカーとユーリの実戦指導教官からも外れることになるのだ。
    「おじさん、僕たちの先生じゃなくなっても、うちに遊びに来てくれる?」
    「勿論、来るさ。二人が怠けてないか、ちゃんと見張りに来る」
    「嘘だー、母上のご飯目当てだよ、絶対」
    「いいじゃないか、冷たいこと言うなよ。俺たち家族だろー?」
    「お髭ジョリジョリ痛い人は駄目でーす」
    「いや、この痛さが癖になるんだ」
     毛玉のようにじゃれてもつれ合う三人に、手を鳴らしてアリョーナが促す声を上げる。
    「ほらほら、そこまでにして! せっかくの料理が冷めちゃうわ」
     その日は夜半から吹雪になるほどひどく冷え込んで天気が荒れたものの、ヴァインベルク家の暖炉の火は遅くまで明々と灯されていた。
     暖かで美味しい手料理と仲のよい両親とその親友と、楽しく心地いいこの時間が双子の知る世界の全てだった。これからも永劫続くと信じていた日常だった。
     多くを望んだつもりはない。
     ささやかな平穏と人並みの幸福。
     それ以上に欲しいものなど、ラスカーにはありはしなかったのだ。


    * * *


    →続く