このまま居ついてくれたらいい、とすら清十郎は思っていたが、ご飯時でなければあまり傍に寄られることを好まない閃光が、どう思っているのかは解らなかった。こちらに害意や悪意がない、と言うことは理解していても、それが気を許す理由にはなっていないのだから当然だ。
     産まれてからこの方、この少年は心地いい空間であるとか安心出来る場所と言ったものを、殆んど知らずに生きて来たのだろう。自分が何かを望んでもよいのだと言うことを、知らずに生きて来たのだろう。
     それはあまりにも不幸であった。
     勿論、彼の幸せが何であるかを自分が決めることは傲慢だ、と誠十郎はちゃんと理解していたし、無理強いするつもりもない。
     それでも、
    ーーヒトとして産まれた幸せを、お前さんも持っていいんじゃ……
     どうしたものか、と煙草を燻らせていたところへ、控え目に部屋の戸をノックされた。いつもこちらの様子を配慮するような叩き方は、言うまでもなくクリフである。
    「開いとるよ」
    「失礼します、旦那様」
     一礼して入って来たクリフの手には、ノート型の端末が抱えられていた。広げて、目の前に差し出された画面には、いくつかのファイルが展開されている。
    「調べさせていた連中の身元が割れました。若を撃ったのも捕らえていたのも、獄門会と言う新興組織のようです」
    「新興組織、ね……」
     既に末端構成員までずらりと詳細が記載されたリスト、縄張りから所持する拠点のビル、脱税して金庫に隠してある裏金の金額まで、余すところなく組織を丸裸にしたデータだ。ご丁寧に近隣の防犯カメラの映像まで拝借して来たのか、閃光との乱闘シーンの動画まで添付されている。
     いずれも真剣に捜査する気がないとは言え、警察が掴んでいない情報ばかりだ。蛇の道は蛇、とはよく言ったものである。
    「スワロウテイルから『旦那の獲物にゃショボい』とご伝言が」
     漠然と駐車場近辺にシマを持つ組織はあるか、と投げたにも拘らず、たった数時間でそれを特定し、なおかつ誠十郎が真に問いたかった部分の情報まで補完して来る情報屋は、相変わらずの凄腕であった。
     短くなった煙草を灰皿の縁で押し潰して火を消してから、思わず苦笑を溢す。
    「別に何をするつもりでもないさ。いくら血眼になって探しても、連中が離れたこの場所を見つけられるとは思わない」
    「懸念すべき点があるとすれば、若がここを出てしまって……彼らに見つかってしまう方ですな。何せ闇に潜むには、目立ちすぎます」
    「そうじゃの。進んで誰かを傷つけようとする子ではなさそうじゃが……如何せん、若さ故に己の手綱の取り方を知らん。力を持て余して、振り回されとるように見えるよ」
     それが閃光自身、歯痒くもどかしいのに違いない。どうしようもないエネルギーの矛先を、不用意に誰かに向けてしまわぬよう、必死に縮こまって生きているように見えた。
     はっきりどんなものか把握はしていなかったが、そのヒトとは違う少年の能力は、絶えずそれを利用しようとする輩と、恐れ忌み嫌う輩からの板挟みであったことだろう。閃光が一定距離から踏み込んで来ないのは、誰かを踏み込ませないのは、己を相手を傷つけまいとしているからだ。
    「そう言えば」
     ぱたん、と端末を閉じてから、誠十郎は一人ごちるように呟いた。
    「もう一月ほどにはなるだろうに、わしは今まで一度もあの子の声を聞いたことがないのだな」


    * * *


    →続く