無事に見つけられてホッと安堵したはいいが、随分な高さだ。好奇心に任せて登ったはいいものの、降り方が解らずに立ち往生しているのだろう。あどけない足取りは頼りなく、そうこうしている内に滑って落ちてしまいそうだ。さすがにあの高さから落下すれば、猫とは言え怪我をしてしまうかもしれない。
    「よし、お前さん行け」
     事もなげに仔猫へ顎をしゃくる誠十郎に、一体どうすればいいのかとはらはら見守っていた閃光は、ぎょっと意表を突かれた表情を浮かべて、激しく首を横に振った。
     彼は知らないだろうが、少年にとって仔猫は幼い日のトラウマだ。小さく頼りない命は、自分が少し力を込めただけで潰れてしまう。その生暖かい感触は、忘れたくとも忘れられない。
     応も否もはっきりと反応するのが珍しいーー況してや、苦手と言う訳ではなさそうなのに尻込みするような閃光の様子を見て取って、非常に興味をそそられたものの、誠十郎はしかめっ面をして少年を振り向いた。
    「現役の頃ならいざ知らず、お前さんまさかわしにあんなところまで登れと言うんじゃあるまいな?」
    「…………っ、」
     年齢のことを引き合いに出すのは卑怯だ、とは思ったものの、確かに万が一足を滑らせ落ちて大怪我、などと言うことになっては目も当てられない。クリフに梯子を担いで来て貰うにしても、それまで仔猫が落ちない保証などなかった。
     落ちて死ぬか、自分に潰されて死ぬか。
     何て二択をさせやがる、と盛大な舌打ちをこぼして苦虫を噛み潰したような顔をしたものの、閃光はやにわに幹に手足をかけると、慣れた様子で木を登り始めた。
     仔猫がうずくまる高さまで、ものの十秒と言ったところか。さすがの身のこなしではあったが、いかに成長途中の体躯が大人に比べれば軽いとは言え、閃光が手をかけた途端に枝は大きく撓みしなった。おまけに仔猫にとっては見知らぬ存在だ。少年の内に潜む狂暴な獣の気配を感じ取った訳ではないのだろうが、体格差は充分な脅威に映ったのだろう。威嚇の唸り声を上げて、小さな身体を精一杯大きく見せようと総毛立ちながら、仔猫は枝の先へ先へと後退さる。
    ーー違う、そっちじゃねえ……こっちに来るんだよ!
     言葉が出せないもどかしさ。
     危険を伝えようとそれらしい声は出してみたものの、上手く伝わらない。
     手を伸ばす度に拒絶するように牙を剥かれた。
     みしみしと嫌な音を立てて軋む枝を這うように進む閃光を、けしかけた誠十郎は固唾を飲んで見守る。本当は少年がか弱い命に触れることが怖いのだと言うことは察していたが、自分の常人離れした能力を発揮することを恐れているのだと察してはいたが、その一線を越えることが出来なければ、閃光は一生己を呪い疎み続けて生きて行かねばならないだろう。


    →続く