人は皆、何かしらの才能を持って産まれて来る。
     それは例えば早く走ることであったり、器用に何かを作ることであったり、とそれぞれに違うものだ。
     幼い頃からいろいろな体験をしながら暮らす中で、皆己の能力を最大限に発揮出来るものをあれでもないこれでもないと探して行く。
     ただしまあ、これは所謂『才能ガチャ』と言うやつで、備わっているものが必ずしも己の欲するものとイコールであるとは限らない。おまけに持っている者は二つも三つもあったりするのだから、世の中全く不平等と言うものである。
     しかし、そんなすごいものは何もないと嘆く人は、短慮と言わざるを得ない。今までその才能を発揮する場面に出食わさなかっただけで、もし気づくことがあったなら、その世界で指折りの超一流になれたかもしれないのだ。
     ひょっとすると、自分の持っている才能を知らないまま一生を終える人の方が多いのではなかろうか。
     ただーーそれが『人から褒められることは決してない才能』だったならどうだろう?
     盗み。
     殺し。
     詐欺に暴力。
     おおよそありとあらゆる他人を傷つけ踏み躙る才能しか、与えられていなかったとするならば。
     少なくともエンにとって、それは不幸ではなかった。


    「へぶぉあ……っ!?」
     とか何とか悲鳴を上げながら殴られた男を見やって、人体と言うものは存外容易くすっ飛ぶものなのだなあと呑気な感想を抱きながらエンはくわえた煙草に火をつけた。
     加害者であるトワの腕力が凄まじいと言うのを鑑みても、数メートル先のゴミ袋の山に突っ込むほどであったのは、厳つそうな見た目に反して大して筋肉質と言う訳でもないようだ。
    「トーワー、加減しろって言っただろー」
     窘めるようにそう言えば、ちゃんとしたと言わんばかりにぶんぶんと首を振ってしょげた顔が返って来るものだから、その度に揺れるドッグタグもあいまって本当に大きな犬のようだった。
     何事か喚き散らしながら衣服を整え立ち上がる男に向かって、エンはいつも通り愛想笑いを貼りつける。
    「いやー、オニーサンお取込み中にゴメンねえ……ナニしてる途中よりはマシかと思って」
     半裸に剥かれたオンナへちらりとすれ違いざま視線を投げかけてから、へらへらと軽薄な口調で言葉を続ける。
    「取り敢えず料金の回収に来たんで、耳揃えて八百万。今出して」
    「はあっ!? 何の料金だよ! 俺はもうどこも借金なんて……」
    「うんうん……四海堂には全額返金したから残ってないよね、知ってる知ってる。で、その三百万はどっから調達して来たのかな?」
     問えば、男の顔からざあっと血の気が引いた。自分が引き起こした事態がバレていることを、ようやく理解したらしい。
    「ま、まさか……竜のオジキが……」
    「めちゃくちゃキレたらしいよー。オニーサンがショバ代ちょろまかしたってんで、今兵隊があちこち探してる。あ、俺たち何でも屋でさー。おかげで小銭稼ぎ出来てるんだけど」
    「ちょっ……ちょっと待て!」
     男が縋るようにこちらへと手を伸ばし、寸前でトワに押さえ込まれた。わたわたと手を振り回すのを難なくいなし、ビクともしない。
    「え、何濡れ衣?」
    「い、いや確かに金を持ち出したのは俺だよ! もう他にどうしようもなくて、ちょっと借りて、後で戻すつもりだったんだ」
    「へー……スゴいね、天下の青龍クランからちょっと借りられるもんなんだ三百万て。末席とは言え伊達に刺青入れてないんだねえ」
    「だから、俺が持ち出したのは五百万だけだ! それが何で八百万なんて金額に……」
    「え……利子じゃね?」
     ふー、と紫煙を吹きかけてやると男はゲホゲホと盛大に噎せた。
    「利子!?」
    「そりゃ、いくら何でもタダじゃ貸さねえでしょそんな大金。ましてや二百万余計に上乗せして? 高い酒と高い飯美味かった? どーせならオンナも高いの買えばいいのに」
    「うるせえな!! クソ……とっとと逃げちまえばよかった……こんな早くに見つかるなんて」
    「ねー、ホラ八百万」
    「ふざけんなよ! そんなにポンと戻せるならショバ代に手をつけたりしねえよ!!」
    「まあ、そりゃそうだよな」
     盛大な舌打ちをこぼし、男は踵を返してああでもないこうでもないとどうにか助かる算段を探そうとしている。
    「そ、そうだ。お前何でも屋っつったよな? 金払うから、橋まで俺のこと護衛してくれよ。な?」
     懐から財布を取り出し、皺一つない紙幣を数枚掴んでこちらへと差し出す男に、エンは一瞬ぱちくりと瞬いてから再び愛想笑いを浮かべた。
    「桁が足りねえんだけど?」
    「じゃあ、ここで死んどけ!」
     再び懐から男が手を出した時には、財布の代わりに折りたたみナイフが握られている。けれどその切っ先がエンの喉元を抉るより、彼が袖口から滑り落とした長針が正確に眉間を貫く方が遥かに早かった。
     ど、と倒れる男に背後でオンナがひいっ、と悲鳴を上げる。どれだけこの街に死が路傍の石ほど転がっていようとも、やはり命が失われ今まで生きて喋って動いていたものがただの肉塊になる瞬間と言うものは、そうそう慣れるものでもない。
    「あ、そーだ。オネーサン、この人からお金貰った?」
     震えながらも横に振られる首。
     エンは投げ捨てられた紙幣を拾うと、はいとオンナへ差し出した。
    「足りる?」
    「……えっと、多いです」
    「じゃあ迷惑料ってことで」
    「ありがとうございます」
     受け取ると、彼女はサッと逃げるように背中を向けた。その本来より多く渡された金が何を意味するかはちゃんと解っているようだ。
    「相変わらずお前は綺麗な殺し方をする」
     カツカツとアスファルトを杖で穿ちながら姿を現したのは、青龍クラン総帥の司竜であった。
     老いてなお全身を包む覇気は衰えを知らず、きっちりと着こなしたスーツはいかにもこの汚らしい路地裏には不似合いだ。
    「儂の部下だとこうは行くまいよ」
    「恐れ入ります。表で待っててくださってよかったのに」
    「何……別の仕事のついでだ。廃十字にはこちらで運んでおこう。卸しは玄武クランでよかったな?」
    「ええ、すみません。トワ、お車まで運んで差し上げよう」
     言えば一つ頷いて、トワは何の苦もなく男の死体を抱え上げる。狭い路地を黙々と運んでくれる心強い相方だ。
    「島中駆け回るのに比べたら大した手間ではないさ。持ちつ持たれつ、も大事なことだしな。ほら、手数料だ」
     分厚い封筒に思わず口笛がこぼれる。
     たかだか五、六万の物体がそれぞれバラして捌かれるのだ。クジラ程ではないにしろニンゲンもまあまあ、必要とされる部分は多い。
     トワから男の死体を受け取った司竜の部下が、トランクを閉めてピカピカの扉を開ける。黒塗りの車体は相変わらず傷も埃もなく磨き上げられていた。
    「今度飯でも食おう」
    「毎度あり。今後もどうぞご贔屓に」
     音もなく滑り出す車が区画を曲がるまで見送ってから、エンはトワを見上げてニンマリと笑った。
    「飯行こう。今日はいい肉食っていいぞー」