こんなに誰かに必要とされたことがあっただろうか。
ここにいてもいいのだと、言われたことがあっただろうか。
自分たちに投げられる言葉はいつも『戦って死ね』か『一人残らず殺せ』のどちらかだった。それに疑問を覚えたことは、なかったはずだ。
周りは全て敵であった。同朋も友ではなかった。隣に立っていても背中を預けていても、〈魔導人形〉は常に一個体で道具であった。壊れかけた仲間を盾にして敵を殺すことに、何の感慨も抱いてはいけなかった。明日はそうして自分が壊れても、いくらでも代わりがいる世界だった。
死体、死体、死体ーーそれらに囲まれて、自分が作り出したものに嫌気が差して、そんなものとは無縁のどこか遠くに行きたいと願うようになったのは、いつからだったか。欺くことに疲れ、偽ることに躊躇いを覚え、裏切ることが後ろめたくなり、どこまでも一人で独りで空っぽな自分が、流されて動こうとはしない自分が、嫌いで堪らなかった。
そんなことを想うことすら許されない現実が、嫌いで堪らなかった。
ーーそれなのに貴方は……
「それに……あー、あれだ。自慢じゃねえが、俺は料理が好きじゃない。お前の飯が食えなくなるのは困る。運転してくれるの助かるし、仕事の幅も出来たし、俺が寝惚けて目覚まし時計ぶっ壊しても修理してくれるし」
「…………」
どう言葉を紡げばロキに自分の想いを伝えられたものかと、必死に己の中を引っ掻き回しているような表情の閃光。
「だから、ほら。帰るぞ」
「……何ですか、それ」
無造作に差し出された手を掴むのは二度目だ。
あまりの言い草に毒気を抜かれて、思わずロキは苦笑した。
瞬間ーー
ドン……っ!!
腹の底に響く銃声と共に、びしゃっ、と撒き散らされた血がロキの顔をコンクリート床を汚す。
拳銃の軽い音ではない、獲物を確実に仕留めるための散弾銃(ショットガン)だ。しかも、広範囲に小さな弾丸が放出されるタイプのものではないスラグ弾は、人体にヒットすればほぼ致命傷になる。骨は粉砕され、内臓も甚大なダメージを負うからだ。
それは規格外の自己治癒力を誇る閃光とて例外ではなく、どしゃりと膝を落としてその場に倒れ込んだ。どろりと広がる血溜まりは、もう既に即死していてもおかしくない。
「閃光…………っ!!」
「動くな……っ!!」
抱き起こしたところで、ポンプアクションで空薬莢が排出された銃口が向けられる。いつの間に姿を現したのか、警備兵を引き連れたエドガーがそこに佇んでいる。
彼に気つけされたのだろう、ジェフリーも辛うじて意識を取り戻して、再び銃を構えていた。
「…………っ!」
「頭を吹っ飛ばされたいのか、〈魔導人形〉……反〈魔法術〉の手枷で動けなくしてたはずなのに、このこそ泥風情が」
つかつかと歩み寄り、動けない閃光の腹に蹴りを叩き込む元主人に、ロキの胸の奥で何かがざわりと首をもたげる気配がした。それは自分が覚えるはずもない『怒り』と『殺意』なのだと理解して、ゾッと背筋が寒くなる。
こんなにも己で制御出来ないエネルギーは波は知らない。知ってはいけない。きっと歯止めが効かなくなる。躊躇なく際限なく殺すことに抵抗がなくなってしまう。今まではぎりぎり『そうであるフリ』をして留まっていた一線を、超えてしまう。
「やめてください、もうそんなにしなくても充分でしょう」
「黙れ、わしに口答えするな!!」
ジェフリーは伸ばしたロキの手を振り払いざま、銃身でその体躯を横っ面をしたたかに殴りつけた。容赦なく振り下ろされる理不尽な暴力から、閃光を身を呈して庇うその姿が気に入らなかったのか、男はますます血走った目で二人を睨みつける。
「いいか、貴様を競り落とすのにわしがどれだけの大金を注ぎ込んだと思っている!? 貴様にはな、それに見合うだけの働きをして貰わなにゃならんのだ!! それを何だ、〈在りし日〉をおめおめと盗み出される失態を犯しただけじゃ飽き足らず、裏切ってこの若造の側につくなどと!!」
叩きつけられる金属の塊など痛くはない。
投げつけられる罵詈雑言など痒くもない。
それでもロキは、ああやはりそんなものか、と思わずにはいられなかった。所詮、ヒトにとって自分は利用価値が高いだけの道具に過ぎないのだ。どうあっても、それは覆せない意識なのだ。
ただ一人、何だかんだと悪態をつき文句を言いながらも、ヒトとして扱ってくれる閃光とは違う。
「二度とそんな気を起こさんように、徹底的に洗脳教育プログラムを施してやる! 多少対人システムに不都合が生じようが、そんなものは構わん! 道具に意思など不要、考えることなど不要、ただわしの命令にだけ従っていればいいのだ! 貴様の主人は、このわしだ!!」
「違います! 『僕』の主人は閃光だけだ!!」
気づいたら、叫んで〈魔法術〉式を組んでいた。視界に踊る一般人への攻撃を停止する命令(コマンド)を、片っ端から消去して行く。今まではいろいろ考えることを放棄していただけだ。そうすることが存在意義なのだと思っていた。
けれど、
ーー『僕』は魂まで貴方に仕えたつもりはない!!
バチバチと威嚇の声を上げる電撃の牙を今にも放とうとした瞬間、
「…………めろ」
振り上げようとした腕を掴んだのは、閃光だった。
→続く