向こうも己の周囲を飛び回るこちらの存在に気付いたのだろう。再度威嚇するように咆哮が上がり、明らかな敵意を持って双眸が向けられる。
    「おい、この飛空挺って武器搭載してんのか!? こんなのが街に向かったら、えらい騒ぎになるぞ!」
    「いや、これはただ単に足じゃ。じゃが、言われずともここで止める。カゲトラ、こいつの頭上を取れ。通常の武器では帝国軍最高火力を誇る『ホノイカヅチ』ですら、傷一つつけることは叶わぬぞ」
    「……テメーには、何か手があるんだな」
    「無論じゃ。故にわしはここに来た。故に十三大隊は存在する。主はわしを違わず運べ」
     真っ直ぐに隠人(オンヌ)を見据えたままそう言うナナキに、いまいち事態を正確に理解した自信はなかったが、今はとにかく彼女の指示に従うより他にない。
     カゲトラはぐっと鞴(ふいご)を踏み込みながら、一時的に落としていた蒸気駆動の出力を再び全開にした。操縦悍を引き、機体を上昇させる。ぼっと猛った炎が蒸気を吐き出し、活塞(ピストン)が限界まで加速する。
     が、こちらの意図に気付いたのか、隠人はさせまいとでも言うように大きく腕を振り上げた。鉤爪にも似た鋭利な指が、思うよりも素早く横に薙ぎ払われる。
    「く……っ!」
     咄嗟に旋回して避けた。こんな一撃を食らったら、掠めただけでも飛空挺は紙屑のように引き裂かれてしまうだろう。予告も何もなかったが、ナナキは振り落とされることなくちゃんと後部座席に立っていた。
    「わしに構うな、上を取れ!」
    「取ってもテメーじゃなきゃやれねえんだろうが!! 黙って掴まってろ!」
     息もつかぬまま第二撃が飛んで来る。
     それを躱しざま、少しでも距離を詰めようと近付いた。瞬間、大きく開いた隠人の口奥が鮮やかな紅蓮を帯びる。きぃいいん、と耳に響く空気が収束されて行く音。本能的にこれは不味いと感じた。
    「ぅあああああっ!?」
     辛うじて機体を翻らせたすぐ下を、焼けた灼熱玉が飛んだ。最大級の戦艦でも、これほど威力のある蒸気大砲は搭載していない。
     いやそれよりも、
    ――こいつ、生き物じゃねえのか? 口から鉛玉吐くってどんな構造だよ!
     ぞっと背中を冷たい汗が伝う。
     続けて飛んで来た二波も避けるが、撃ち落とすためと言うよりもこちらを近付けまいとしての攻撃に感じた。
     ナナキが一体どんな手を隠しているにせよ、個体の体格差を埋めて最大限の攻撃力を発揮するには、やはりその懐に飛び込み鼻先へ踊り出なければならない。
    ――ナメんじゃねえぞ、やってやんぜ!!
     ぐっと歯を食い縛り、操縦悍を握る。間断なく繰り出される大砲と巨木のような腕、爪を紙一重でどうにか躱しひたすらその頭上を狙って徐々に高度を上げる。
     焦る気持ちは込み上げるが、まだ隠人が街への移動を開始していない今の内に止めねばならない。
     埒が明かない、とでも言うように先に忍耐を途切れさせたのは隠人の方だった。振り下ろされた渾身の一撃をすり抜けると同時、大きく旋回した飛空挺は逆さになったままその頭上を奪う。
     が、カゲトラの視界の中で、固定ベルトをしていなかったナナキが宙空に放り出されてしまった。小柄な身体が瞬く間に落下し、その下には牙の並んだ隠人の口がしてやったりと言わんばかりに待ち構えている。
    「ナナキ!!」


    →続く