「まほろ……泣かないで」
再度伸ばされた手が、そっとまほろを抱き締めた。いつも縋るようにシャツを掴んでいたはずのそれは、いつの間にかまほろを包み込めるほどではないにしろ、よろけず受け止められるくらいには大きく成長しているのだ。二度目は拒めない。
「……閃光……」
「泣くなよ、まほろ……お前がそんな顔をしてると、俺も悲しい」
思わずその表情を伺おうと顔を上げると、閃光の手が慣れない仕草で濡れた頬を拭う。こちらを見遣る真紅の双眸は真剣な光を宿しており、普段から年齢より大人びた眼差しをする子だとは思っていたが、どきんと大きく跳ねた鼓動に、まほろは一瞬呼吸することを忘れた。
その弾みにまたもぽろぽろと溢れ出した涙の粒に、どうしたものかと困惑したように親指の腹で跡をなぞっていた閃光は、意を決したようにこちらへ顔を近付けて来た。
「閃光、何を……」
ちゅう、と目元に落とされたキスで滲んでいた涙の名残を吸われ、ぺろりと舌が這わされる。もう片方も同じように口付けられて、思わずかああっ、と頬が熱を帯びた。驚きと羞恥のあまりに涙は引っ込んだが、過剰すぎる触れ合いは容易く、そこに築かれているはずの強固な壁を乗り越えた。
「……まほろ」
「閃光……ん、」
本当は止めねばならなかったはずだ。
何も知らない閃光を、ただその本能に従ってじゃれるようにこちらを慰め元気付けようとする閃光を、その方法を無闇に取ってはならないと――況してや、自分たちは血の繋がった実の姉弟だから駄目なのだと、拒んで然るべきだったのである。
けれど、
――今さら……
穢されたこの身体でさらに罪を重ねようと、それが何だと言うのだ。
そしてそれ以上に、父から触れられた時は怖くて気持ち悪くて堪らなかったのに、自分を想ってくれる閃光の感情が、言葉ではない温もりとしてストレートにダイレクトに流れ込んで来るせいか、その手を口唇を何の抵抗もなく受け入れてしまっている自分を、まほろは感じていた。
「力抜いて……俺が全部綺麗にしてやる」
啄まれ、柔く食まれ、舌がなぞり、優しく吸われる。
何度も何度も角度を変えて、次第に深く長くなって行く口付けに、身体の奥深くが芽吹いたばかりのオンナの部分が甘く疼く。
は、と熱く濡れた吐息をこぼすまほろに、己の成したことは間違いではないらしい、と理解したのか、閃光はそのまま彼女の耳殻へ口唇を寄せて甘噛みした。舌先で縁をなぞられ柔く牙を立てられる感触に、ちゅく、と鼓膜に直に注がれる唾液の水音に、ぞくぞくと甘い痺れが脊髄を競り上がって来る。
「ん……っ、ぅ」
思わず縋るようにシャツの背中を掴んでしまったが、閃光はその手を止めようとはしなかった。まだ男にはなり切れていない熱い手が、拙い仕草でまほろの身体の表面をなぞる。その合間に辿々しくキスが落とされて、白い肌へ幾つも痕が刻まれた。
上擦った呼吸と触れ合う箇所から伝わって来る早鐘の鼓動、本能と衝動と理性と戸惑い、躊躇い、珍しく閃光の双眸が様々な感情に揺れている。
その眼差しに射抜かれて、息が、心臓が止まった。
「まほろ……俺、ずっとこうしてお前に触れたかった」
「あ……っ、ぁ、や……ひか、り……噛んじゃ、駄目……んっ、優しく……」
――もっと……
触れて欲しい。そしてあわよくば、父に刻まれた残滓を拭い去って欲しい。
おっかなびっくりだった指先が、いつの間にか大胆に――けれど優しく愛撫を繰り出すようになっている。
確実に反応を見せたところを捉え、強弱の波をつけて焦らすように、緩く、激しく、浅く、深く。色付いた箇所を芯を帯びた部分を甘く蕩けた場所を、教えたことなどないはずなのに、男は皆本能的に知っているのだろうか。
「甘くて柔くて……まほろはケーキみたいだ」
「ふ……っ、ぅあ……」
気恥ずかしさと嬉しさと心地よさが綯い交ぜになって、まほろの意識を身体を蕩かして行く。促され求められるまま求めるままに、己を覆う瘡蓋のような服を剥ぎ取り、素肌で抱き合った。深海に沈むように快楽に溺れ、閃光の猛りを受け入れる。
泣いているつもりはなかった。
けれど、どうしようもなく切なかった。
情を交わす行為だなどと、とても呼べないその児戯の延長線上の背徳は、はっきり越えてはならない境界を飛び越えてしまったことを、二人に重たい現実として圧し掛からせる。もう二度と、元の立ち位置に戻ることは出来ない。許されない。
「まほろ……まほろ、愛してる」
その言葉がどれほどの意味があるのか、
指を絡ませた手をぎゅっと握り締めながら、閃光がそう睦む。
苦しさを吐き出すように、
押し潰されそうな不安を持て余すように、
「私も愛してる、閃光」
幼い頃から互いが全てだった。
こうなることが、自然だった。
貫かれ、揺さぶられる度に、魂が震えるほどの歓喜に包まれる。受け止められ、抱き締められる度に恍惚とした幸福に包まれる。
押し上げられ上り詰めた絶頂で、まるで奈落に突き落とされるかのような感覚を味わいながら、ああ希望と絶望は結局大差ないものなのだと、まほろの意識は白く弾けた。
* * *
→続く
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