けれど、まほろの白く細い指でゆるりと髪を梳かれるのが閃光は一等好きで、まるで獣がぐるぐると喉を鳴らす時のように、安心しきって全てを委ねたような表情を浮かべる。それは殆ど子供らしい表情や感情を覗かせないこの少年に取って、とても稀有なことであった。
「よーし、出来たよ閃光。さっぱりしたでしょう? ほら、男前になった」
髪を乾かし、切った毛先も綺麗に落としてしまってから、まほろは閃光の前に大きな鏡を掲げてみせた。戸惑い気味にこちらを見返す自分を、姉がにこにこ笑って見つめている。思ったより随分短くされた。
普段自分がどういう風な姿をしているのかを認識する機会はあまりないのだが、こうして比べると彼女とはあまり似ていないのだとがっかりする。
黒い髪は同じだが、何より違うのはその異質な双眸だ。
「まほろ……何で俺の目はまほろと同じ黒じゃないの? 赤いの、何か変じゃない?」
皆が責め忌み嫌うそれを隠そうとして、閃光が髪を切るのを嫌がることは重々承知していたが、まほろはそっと彼の両頬を包み込んでこつんと額を合わせた。そのまま間近で閃光の双眸を覗き込んだまま、
「世界にはいろんな色の目をした人がいるんだよ。確かに赤は……とっても珍しい色だけど、それもきっと大切な理由があるからだと、私は思う」
「大切な……意味? みんな呪いの獣憑きだって嫌がるのに?」
「そんなことないよ。とっても綺麗で、私は好きだな。だって、他の誰も持っていない閃光だけの色でしょ?」
「…………じゃあ、いいや」
ふい、と照れたように視線を伏せながら、ぼそりと一人ごちる。
「まほろが好きなら、俺赤い目でいい」
「うん」
綺麗な笑みを浮かべて、華奢な手がそっと閃光の髪を撫でる。
「それから今日はね……じゃーん! どう、すっごいでしょう? ケーキだよ。本当は、ホールの大きなやつ、食べさせて上げたいんだけど……余っちゃうもんね」
そう言いながらまほろが差し出してくれたのは、大粒の苺が乗っかったショートケーキだった。何故かカラフルな蝋燭も刺さっていて、ますます理由が解らずに、閃光は困惑の視線を彼女に向ける。
「これ……今日は、何で……?」
「だって、今日は閃光のお誕生日だよ。産まれて来てくれてありがとう、ってお祝いするの。蝋燭、火をつけるから、合図したらふーって吹いて消してね」
「…………誰も、そんなこと思ってないだろ」
自分が望んだ訳ではない。
何か罪を犯した訳でもない。
それなのに産まれてすぐに、殺されかけ「捨てて来い」と命じられた閃光は、自分の命に価値を見出だせないままでいる。
「俺なんか……産まれて来なきゃ良かったんだ。そしたら誰も……嫌な思いなんかしなくてすんだ。覚えてないけど……きっと母さんだって死なずにすんだ」
「…………私は」
マッチを擦って蝋燭に火を灯しながら、まほろはいつもと変わらない声でそう呟いた。
「閃光と逢えて良かったよ。他の人とは違うけど……とってもとっても優しい、私のたった一人の弟。だから私は貴方が何歳になったって、こうしてケーキでお祝いするの」
柔らかな橙色の光が、昏い蔵の中を僅かに照らし出す。
どんなに暗い絶望の闇にあっても、決して一筋の希望をやがて来る朝を明日を見失わないように、人々を照らす光であれ、と――そう彼女が改めて一度捨てられたはずの名前をくれたから、閃光は名もなき獣のまま死なずにすんだ。
「…………」
まほろがここにいていいと言ってくれるのであれば、生きていていいと言ってくれるのであれば、世界に他に必要なものなんて、ない。
そっと吸い込んだ息を、そのままふーっと吹いて蝋燭の火を消す。じじっ、と微かに身動ぎして揺らいだ炎は呆気なく消えた。辺りが再び暗闇に包まれる。
「お誕生日、おめでとう閃光」
「……ありがとう」
まほろからは貰ってばかり与えられてばかりだ。どうしたらどうやったらこの気持ちを返せるのか――その日初めて、閃光は誰かのために何かをしたいと、自分の意思でそう思った。
「ほら、ケーキ食べて食べて」
フォークが差し出される。
ふわふわと妙に柔らかで頼りない手応えは、ともすればすぐにその可愛らしい見目をぐちゃぐちゃにしてしまいそうだ。どうにか四苦八苦しながら一口分を切り分けると、たっぷりのクリームと一緒にスポンジと苺を頬張る。
「…………甘い」
珍しく双眸を柔らかく細めて緩んだ表情を浮かべる閃光に、まほろも嬉しそうに笑った。
「美味しいでしょう? 幸せの味だよ。私もここのケーキすっごい好きなの」
「こんなところで何をやっている、まほろ……」
不意に轟いた修晟の声音に、二人はびくりと身体を強張らせた。決して大喝だった訳ではない。激しい口調だった訳でも、扉を破られたりした訳でもない。
父は静かに――開いたままの鉄格子の入口に背凭れて、こちらを睥睨しているだけだ。
けれどその凪の海のように感情を窺わせない目をしている時は、必ず激怒している時であることを二人はよく知っている。離れていても、噎せるような酒の匂いが鼻をついた。いつもここへ近付いたりなどしないくせに、一体どう言う気紛れを起こしたのか。
「と、父様……」
→続く
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