「ミツキさん!! 貴女まで落ちる気ですか!?」
「だって閃光が……」
「閃光が何の手段も高じずに無謀を働く、とでも?」
彼が視線を落とした先で、パラシュートが開いたのを確認して、ミツキはほっと安堵の溜息をついた。
「万が一の時はスカイダイビングですからね……ああ見えてちゃんといろいろ仕込んでます。とは言え」
度重なるダメージにぐんぐん機体は右に傾いている。無事にポートまで戻ることは不可能だろう。ここはまだ墜落被害が最小限ですむ海の上、事と次第に寄っては沈めてしまっても構わないと閃光からは指示を受けていた。
「さすがに天下無敵の怪盗バレットも、悲しいかな重力に支配された身の上であることに変わりはありません。閃光が無事離脱するまでは援護しないと、ね」
ロキは両手を掲げると、拳銃を片手にこちらへ駆け寄って来ていた男へ向けて躊躇なく〈魔法術〉を発動させた。蒼白く弾けた光が一閃、見えない巨大な手に吹き飛ばされたかのように、決して華奢でも小さくもない身体が吹っ飛ぶ。
一体向こうの会場はどう言う状況であるのか解らないが、あちこちに散らばっていたウォルフの配下がこちらに援護に入って来ると言うのは、あまりよい兆候とは言えなかった。
「ボス……! ご無事ですか!? 今何かすごい音が……」
その時ウォルフが身に着けているのであろう無線機が、がなるように耳障りな音を立てた。響いた声に、ミツキは小さく息を飲む。いの一番に舞台に駆け上がった男――モシャスのものだ。あの暴風雨のような青年が加勢に来ては、助かる可能性など見逃して貰える可能性などなくなってしまう。
が、すぐにでも襲いかかって来るかと思いきや、興の削がれたようにテンションを落としたウォルフは、まるで相手にならない者に興味はないと言わんばかりに、頬を伝う血を拭ってからこちらを見遣ることもなく部下へ淡々と指示を紡ぐ。
「大丈夫だよ、何ともない。それより香炉が閃光(バレット)と共にロストした。近海に待機させてた部隊を、直ちに探索に当たらせろ」
「見つけた場合、どうします?」
「別に生死は問わないさ……それで死ぬならそれまでだ」
「……了解」
「頃合いだ、退くぞ。僕は一足早く出るから、お前たちは後始末してから追って来るんだ。残ってる数は?」
「バレットとの交戦で利き手や脚を撃たれた軽傷者が十七名、他負傷四名、そいつらの一部を含んで李家の黒服に殺られたのが六名です」
その気になれば引き金を引く――その指先の僅かな動作だけでそれだけの数の命を奪えたはずなのに、閃光は無闇に怪我を負わせることもしない。出来れば素手で、どうにか対処しようとする。
特に今回は、狭い空間――乗り合わせた何も知らない一般人も巻き込みかねない場所故に、なるべく抜くまいとしていたように思えた。
前回やり合った橋の上でもそうだ。
そして、ウォルフが聞き知る限り、再会するまでの間に彼が仕事をこなしたどの現場でも。数ミリの差で命を拾わせ、圧倒的な実力差を見せつけて、追撃の勢いをへし折り削ぎ落とす。
運が良かった訳ではないことを理解した相手は、大体がさらなる対峙を諦めるだろう。
「…………相変わらず、甘いことをするね」
声を立てずに笑ったウォルフは、嘲るような小馬鹿にした表情を浮かべてみせた。
「例え自分が直接手にかけなくとも、僕が使えない部下をどう処分するかなんて、想像に難くないだろうに。彼らが死ぬことに変わりはないなら、閃光の行動はただの偽善だ。自己満足だ。己の手を汚すことを厭う怯懦だ。そうは思わないか?」
「全く……弾丸の字が泣くってもんですよ」
「まあ、別にどうだっていいけど。じゃあ、お前たちの撤退は五分後。地上で会おう」
ぶつ、と通信を切るなり刀を収め、ウォルフはまったく堂々とした足取りで開いたままの穴へ足をかけた。閃光と同様パラシュートを装備していたのか、そのまま飛び降りて逃げるつもりだろう。
本当ならこのまま黙って見送るのは癪だったが、下手に突いてこちらへ牙を剥かれてはならない。せっかく見逃してくれる内に――あとたった五分で、無事な乗客たちをどうにか陸地に返す算段を立てなければならないのだ。腹の底でふつふつと煮え滾る想いをぎりぎりのところで堪えながら、ロキはぎゅっと拳を握った。
無事とは言い難かったが、閃光はどうにか離脱した。香炉の回収も案ずる必要はないだろう。彼ならば手負いでも、追手を――例えそこにあの〈機械化歩兵〉のアレンが含まれていたとしても、躱して逃げ遂せることは可能だ。
ならば自分が次に取らねばならない行動は、自ずと決まっている。
が――
「待ちなさいよ!」
震える声を上げたミツキに、白い獣の足が止まる。
もどかしさと苛立ちの入り混じったような、思わず彼女を叱責したい気分に駆られながらも、ここで何も言わないのは確かに彼女らしくない、と苦笑してしまうような、複雑な想いで、ロキは感情のままに飛び出してしまいそうなミツキの手を必死に掴んだ。
「ミツキさん!」
「貴方は……どうしていつもいつもそうやって、人の大事にしているものを力尽くで奪って行くの!? 無関係の人まで傷つけて、どうして当たり前みたいに壊して行けるのよ!?」
それは偏に、ミツキ自身がそうして奪われたことがあるからこその言葉だったのだろう。実際閃光がいなければ、彼女は祖母の形見をこの目の前の男に奪われたまま、自分も冷たい亡骸として転がる羽目になっていたのに違いない。
→続く
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