大量の土砂を弾き飛ばしながら地下から生えて来たのは、鋼鉄の機巧だった。
     数え切れないほどたくさんの鉄索(ケーブル)と歯車と螺子と喞筒(ポンプ)とが複雑に絡み合い組合わさり、ただ全てを破壊すると言う明確な一つの意思の下に作り上げられた兵器である。
     滾る蒸気駆動の動力炉が、地獄の釜のごとき白煙を噴き上げながら咆哮する。その中で燃えているのは、カゲトラの知る紅蓮の焔ではない。それよりももっと高温度の――竜鉄鋼を持ってしてもその熱量には遠く及ばないと言われている、蒼い炎であった。
    そのくせぞっとするほど冷たくて、全てを拒絶するように頑なで、他者の干渉も追随も許さない孤高の美しさを孕んでいる。己の中で鳴り続ける警鐘の言う通り、それは人が容易く踏み込んではならぬ魔の領域であった。
    「…………何じゃ、こりゃあ……」
     露になった全容は大型の蒸気戦車ほどはありそうな代物だった。多足生物を彷彿とさせるように幾本かの鉄索がその総重量を支えているが、本体は飛空挺のように宙に浮いているように見えなくもない。四方八方に伸びた砲門と銃口、そのくせ巨大な刀を思わせる部分も見受けられる。
     思わず呆気に取られてあんぐりと口を開けてそれを見上げていたカゲトラは、その触手のごとき鉄索(ケーブル)の一端に丸眼鏡の男が引っかけられているのを見つけた。
     いや、ぐるりと体躯を一周する細かな部品を見やる限り、彼は掴み上げられていると言った方がいいのだろう。まるで無邪気な子供が捕まえた虫の羽を明かりに透かして矯めつ眇めつするかのように、実に粗雑に残酷に持ち上げられている。
     距離があるので詳細は解らないが、四肢をばたつかせながら何か叫んでいるらしい彼の視線を辿れば、そこにはナナキの姿があった。
    「ナナキ!! お前、無事か!」
     が、駆け寄ろうとして本能が足を止めさせた。彼女の様子がおかしい。
     傷を負っている様子はなかったが明らかに隊服がぼろぼろに引き裂かれていたし、カゲトラの声が聞こえていないのかこちらを振り向こうともしない。
    その顔に浮かぶのはにやにやと獲物をいたぶる猫のような加虐的な笑み――双眸は白いはずの部分が漆黒に染まり、口唇からこぼれた犬歯は明らかに吸血時のそれと同じくらい強調されている。そして何より、この兵器はナナキから生えた代物だった。
    ――これ、暴走か……遅かった……!?
     そこに立っているのは、最早カゲトラの知るナナキではない。黒須が処分しろ、と言った生きた兵器だ。
     きりきりと最小限の切っ先が嬲るようにゆっくりと男に近付き、泣きわめくその右腕を斬り落とす。絶叫と共に己に降り注ぐ鮮血を恍惚とした表情で受け止め、彼女は口を開けてその残滓を喉奥に流し込んだ。濡れた小さな舌が婀娜っぽく口唇をなぞる。
    「あぁ、血じゃ……しかし不味い血じゃのう、反吐が出そうじゃ」
     穴と言う穴からいろいろなものを垂れ流して叫び続ける男を愉しげに見やり、
    「まあ、よい。主が奪うてくれたわしの血の分、その薄汚いものでもないよりましじゃ。動くのも億劫では獲物を取りにも行けぬ」
     血の滴る刃が再び振り上げられる。
    「さて、次はどこを落としてくれようかえ? 左か……それとも脚か? 手元を狂わせて首を落とさぬようにせねばの」
     勝ち誇ったように高らかに嗤いながら、ひゅんと切っ先が空気を切り裂く。が、その鋼が男を傷つけることはなかった。通常の武器では機巧では傷一つつけることの出来ない魔神兵装(ましんへいそう)を、止めることが出来るのは同じ魔神兵装でしか有り得ない。
     刃が牙を剥く寸前で我を取り戻したカゲトラは、男を吊し上げていた鉄索(ケーブル)を短大砲で撃ち抜いた。爆音と硝煙――舞い散る火花が視界を過ったか、ようやくナナキの双眸がこちらの姿を捉える。
     それを睨み返すと、カゲトラは続けてその照準を彼女に合わせた。
    「迎えに来たぞ、馬鹿ナナキ。おいたの時間は終わりだ、この野郎」


    →続く

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