――え?
     どの国に住んでいようと、〈世界政府〉が管理するメガデータバンクの情報は共有のものだ。閲覧出来る権限がある者は公的立場にある人間に限られているものの、専任捜査官へ昇格したミツキにはその権利があるはずで、閲覧範囲も捜査業務の中に収まるものであるはずだ。DNA照合はさらなる上位権限から制限をかけられる程のものではない。
     いや、よく見れば正確には、採取したDNA該当者一名の名前の横には、『Dead(死亡)』と記載されており、一歳で病死したことになっている。   一卵性双生児であっても全く同じDNAを持つことはない。
     となると、導き出される結論はただ一つ――この世界のどこにも、『天狼閃光』なる人物は存在しないことだ。
    ――どう言う、こと……?
     愕然とした衝撃がミツキを貫く。
     閃光は間違いなく生きている。となれば、偽造されているのはデータの方だ。
     死亡届は診断書諸々の書類があれば、誰にだって提出が出来る。その歳で本人が改竄したとは考えにくいから、何らかの事情で親かそれ以外の誰かからか、ともかく閃光は死んだことにされてしまっているのだろう。
     大人になってから戸籍を取得する手段が皆無ではなかったはずだが、一端死亡届が受理されているとなると、また違うものかもしれない。ただでさえ無戸籍児は望む国籍での取得が困難だったり、手続きがえらく複雑で時間がかかったりして、諦める例も珍しくはないのだと聞いたことがあった。
     日本でもかなりの数そうした人間がいることは、何度かニュースに取り上げられたことがあるが、閃光の場合産まれてすぐではなく、その年齢で獣化の呪いが顕現したとしたら、両親がその存在を秘匿しようとした可能性がゼロではない。
    そうなると、彼は今まで一体どんな人生を歩んで来たのだろう。
     普通なら誰もが当たり前に得られるはずの権利の一切を持てずに、最初から日の光の当たる場所を歩くことなど許されなかったその時間を――簡単に間違っていると問い質す資格は自分にあるのだろうか?
     家族欄を見遣れば、両親も姉も既に鬼籍に入っていることになっている。日付は十年ほど前だ。同じ日にちが刻まれていると言うことは、事故か事件か災害か――いずれにしろ彼らに問うことも出来ない。閃光とて思い出したくはないことであろう。
     これ以上を調べる気力が沸かずに、ミツキはデータバンクの電源を落とした。
     知りたいのは現在のバレットのことであって、別に彼の過去やら何やらを詮索し暴きたい訳ではない。閃光が話したくないことまでずかずかと踏み込んで根掘り葉掘り知ろうとするのは、違うだろうと思う。
    ――いつか……
     話してくれることがあるだろうか。
     真っ黒になったブラウザは冷たい感触だけを指先に返して来た。それはさながら、触れてくれるなと踵を返す彼の背中のように。


    * * *


    →続く

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