パシュッ! ヒュン……っ、パシュッ!
     間断なく鼓膜を打つ、消音器(サイレンサー)付きの全自動(フルオート)機銃が弾丸を射出する微かな音と、それが空気を切り裂いてこちらへ迫る気配。
     無論鋼の実弾ではなく、訓練用のゴム製ではあったが、同じ弾速が出るように調整されている。当たればそれなりに痛くはあるだろうが、怪我をするほどではない。もしかしたら痣くらいは残るかもしれないが、数時間もせず消えるものを気にする婦女子でもない。
     それでも跳んで躱し、手にした拳銃で叩き落とすのは、そのゴム弾が被弾すると中のペイント塗料(しかも趣味の悪いことに血と同じ赤色)をぶちまける仕様になっているからだ。幾つどの箇所を撃たれたか明白なーーどうしようもないごまかしの利かない言い訳のしようもないそれを、いかに負わないか。
     現在ラスカーの頭を占めているのは、ただそれだけだった。
     低木が枝葉を好き放題に伸ばし、足元も下草が絡みつく森の中。熱帯の密林のような濃密さとは異なるものの、濃い緑と噎せ返るような土の匂いに満ちた深い自然は、このロシアーヌ連邦にも存在する。
     乾いたひやりとした空気。
     遠くに聞こえる鳥や獣の鳴き声、足音、せせらぎの調べーー常人の耳では到底捉えることの出来ないそれらを、ラスカーの頭頂部に生えているもう一つの獣耳は感知する。
     閉ざされているように見える、この霧深い自然の中に確かに存在している数多のものの息吹を、そこに混じる不自然なプロペラのローター音や機械の駆動音を。かなり接近されるまで普通なら気づかぬはずのそれを、ずっと遠くにいる時から把握出来る。
    ーー二時の方向三機、十時の方向一機、四時の方向二機……こっちは陸戦用だ……
     距離はいずれも二百メートル強、と言ったところか。熱感知自動追尾システム搭載の代物で、壊すかこちらに三発着弾させるまではどこまでも追って来る。
     実際その場の状況に合わせて思考判断し、その包囲網を縮めて来る人間の部隊と、どちらが厄介で面倒だろう? 頬のすぐ脇を通り過ぎて行った弾丸に目をやることもなく、ラスカーは銃把をぎゅっと握り締める。こちらの得物に敵を撃ち倒す威力はない。あくまでも非常用、万が一の護身用でしかないそれは、扱えるに越したことはないと言う上層部の判断した保険だ。
     現代の戦線において、武力兵器を持たない戦闘がいかに愚かで無駄かと言うことは、幼い子供だって知っている。効率よく兵力を蹴散らし、拠点を焼き払い、攻略を行うためには火力が絶対不可欠だ。こんな野戦のようなまどろっこしい真似は、今日日のテロリストや反政府組織の連中だって滅多にはしない。
     それでも、こんな地味で野暮ったい白兵訓練をわざわざ行っているのには訳がある。ラスカーはーー彼と双子の弟は、その例外で規格外であるべき『特別』だった。
     駆けていた足を止め、ゆっくりと数度深呼吸を繰り返す。相手は機械だ。鋼の塊。意思など持たず、命じられるままに行動する無機物。壊れても、壊しても修理して何度でも蘇る、何の感慨も抱かずにすむ物ーー
     そう細胞の隅々まで認識して初めて、ラスカーは両手に意識を集中した。
     五指の先端を覆うのは獣のような頑丈な鉤爪、隙間なく生えた白銀の毛並みは、指先と掌の僅かな部分以外を残して肌を隠す異形の形態。ヒトーーと言うにはあまりにも常軌を逸したその異貌が、蒼白い光を帯びる。
     身体中を巡る血液が、力の奔流が、確かな意思を持って相手を害するために牙を剥く。目には見えないエネルギーが形を与えられて、確固たる凶器と化す。森羅万象全ての物体が保持する〈存在固定粒子〉へ干渉し、書き換え、変化を促す、蒼き第六元素生命の〈マナ〉へアクセスを開始。
     訓練機銃との距離はおよそ百メートル。小型とは言え、その影は既に視認出来る。
    「『凍えろ、六花』!!」
     瞬間ーー機銃の周辺の空気が、耳障りな音を立てて凍りつく。正確には大気中に含まれる水分が瞬く刹那で凝固して増幅し、透明な鋭い刃となって機体を内部から貫き破壊せしめたのだが、それを見えない背後を含めた六機ほぼ同時ーー正確に余計な座標を巻き込むことなく獲物を撃沈させた能力は、この齢にして驚異的と言っても過言ではないだろう。
     ほ、と安堵したような息を吐き、ゴール地点まで向かおうと再び駆け出したラスカーの足元で、微かに大地が震えた。
     かちり、と言う地雷の雷菅を踏みつけた感触とは違う。
     もっと大きな何かがーー予め、全てをクリアして最も緊張が緩む瞬間を狙い済ましたかのように、地中に身を潜めていた大型銃器が、待ってましたとばかりに火を噴いた。


    →続く

    COMMENT FORM

    以下のフォームからコメントを投稿してください