ちらりと覗いて確かめれば、マシンガンを手にした男が三人佇んでいる。その足元には血溜まりを広げて転がるアリョーナの姿があった。血の気が失せたその顔を見ずとも、事切れているのは明らかだ。
    「あーあ……勿体なかったよな、この嫁さん」
    「美人だったからな。獣の旦那にゃ過ぎたいい女だった」
     銃口の先で母の遺体をつつきながら、口々にそう言う男たちに、憤怒で逸ったユーリが飛び出そうとするのを、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながらもラスカーは押さえた。
     この家は残念ながら捨てるしかない。けれど、母を置いてなど絶対に行かない。彼らを制圧し、他の連中を振り切って逃げるためには、タイミングが重要だ。闇雲に突っ込んではならない。例え父を罵倒されようと、失敗することの方が余程の不義理だ。けれど、彼らの言葉に耳を傾ければ傾けるほど、他人が自分たちを本当はどう思っているのかが明らかになり、その言葉は凶器として突き刺さる。
     異形。
     化け物。
     獣。
     誰一人、きちんと向き合ってこちらを見ようとしてくれる者はいない。
     『誇り高きヴァインベルク家の血』など、ただのお飾りで名前だけの虚像で、その実誰もが嘲笑い蔑み卑しい人外だと馬鹿にしていたのだ。
    「俺ぁまだこのくれえならイケるな。泣き叫んで抵抗されるの、無理矢理組敷くのも燃えるけどよ」
     一人が母に覆い被さり、かちゃかちゃとベルトを緩めて隊服の前を寛げ始める。二人は呆れたような表情を浮かべはしたものの、止める気配はなかった。
    「マジかよ、死体だぞ。真性の変態だな」
    「隊長にぶっ飛ばされても知らねえぞ」
    「お前らが黙ってりゃ、解らねえよ」
     男が一体何をしようとしているのか、それを理解した瞬間、ラスカーの理性の糸がプツンと音を立てて引きちぎれた。
     ユーリを止めた手前など、遥か彼方に投げ捨てて床を蹴り、〈魔法術〉を展開して戦場で無防備な姿を晒す愚かな男の頭に狙いを定める。
    「母上に触るなあああっ!!」
     まさか自分たちの近辺に目標物がいようとは思ってもいなかったのか、油断していた男たちが慌てたように銃口を持ち上げる。が、その照準を合わせるよりも、弾丸が放たれるよりも、ラスカーが術式を実行する方が速い。
     が、
     瞬間ーー急くように胃が痙攣して、奥から酸っぱいような苦いような何かが競り上がって来る。
     まずい、と止める間もなく、ラスカーは振り上げた拳を引き戻して口元を覆ったが、堪え切れずに込み上げたものをそのままぶちまけた。受け身も取れずに渦中に落下する。えずいて出て来るものは胃に何も入っていない現在たかが知れていたが、押し寄せる嘔吐感は一度吐瀉したくらいでは収まらなかった。
     身体が拒否、している。
     この期に及んでなお、ラスカーは自分の力を他人に向けて振るうことに腰が引けているのだ。放った暴力で〈魔法術〉で、誰かを傷つけることを恐れているのだ。
     無惨に母を蹂躙され、いくつも銃口を向けられたこの現状で、なお。
     そしてその隙を甘さを見逃してくれるほど、男たちは優しくなどなかった。彼らはプロフェッショナルだ。必要とあらばその手のナイフを赤子にすら突き立て、老人に向けて引き金を引くことも躊躇しない。無抵抗などクソ食らえ、と人の命を奪い、尊厳を踏み潰し、泣き叫ぶ声を叩き壊して生きて来た男たちだ。
     戦場には正義など、ない。
     身体を丸めてその場に蹲る小さな背中へ向けて、一斉に引き金が引かれる。けたたましい咆哮と共に数え切れないほどの弾丸が、その肉を貫き喰い破らんと迫る。
    「ラスカぁあああっ!!」
     今まで聞いたことのないようなユーリの緊迫した声と、何かに力一杯ぶつかられた衝撃に、ラスカーは床を揉んどりうって転がった。一体何が起きたのか、しばし理解が遅れる。
     けれど、起き上がって顔を上げた時全部を理解した。ユーリに庇われて突き飛ばされたのだ。そこで動けず、餌食になるはずだったラスカーに代わって。


    →続く

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