「ああ……元々はアメリヤ合衆国生まれじゃよ。日本の文化が好きで、戦後帰化した道楽ジジイだ。前の名前はレオナルド・スペンサー」
     にこりと笑みを浮かべて答えると、赤い双眸は『嘘つけ』とでも言いた気に剣呑に細められた。
    『なんでおれをひろつた』
    「わしの車の陰でノビとったからじゃよ。そのまま黙って立ち去って、死なれたら寝覚めが悪かろう? それとも警察と救急車のお世話になった方がよかったかえ?」
     返された全うな答えに、閃光は口を噤まざるを得ない。通報されて困るのはこちらの方だ。
     産まれて間もなく、父の手で無戸籍となってしまっている現在、世間でどのような扱いを受けるはめになるのか、正確に理解していた訳ではないが、ろくな目に遭わないことだけは経験上理解出来た。例え公共機関であろうと、『普通でない』閃光に差し伸べられる保護の手は、言葉通りの意味を持たないからだ。
     施設にぶち込まれ、検査と称した実験で殺されかけたのも一度や二度ではない。
     ならば、いくら胡散臭かろうとも正体不明であろうとも、ほとぼりが冷めるまではここに身を寄せているのが正解だ。詮索しても無駄だと思ったのか、誠十郎はそれ以来身元や過去について問うて来ることはしなかった。
     とは言え、閃光の警戒心は全くと言っていいほど揺るがなかった。
     僅かな気配や音にも過剰に反応して迎撃態勢を取り、何日経っても己の間合いへ誠十郎やクリフを近づけさせない。飲食物は必ず匂いを嗅いで確認し、傷が癒え抱えていたダメージ分まで回復した頃には、食器用ナイフやフォークをちょろまかして懐に忍ばせる始末だ。
     それでも弱っていた野生生物が力を取り戻して行くように、日々本来の姿であろう強さを閃光が得て行くのを見守るのは、誠十郎にとってなかなかに興味深く楽しいものであった。
     相変わらず会話での意思疏通は図れなかったものの、ここは安全だと言う信用は持ってくれるようになったようだ。
     どこに行こうと言う目的もなさそうなので、それで構わないとまさしく道楽者の気構えでいたのだが、エネルギーを持て余す十代の少年にとっては、そんな静かな生活は、それはそれで退屈なものであったらしい。
     しばらくすると、閃光はまず屋内の探索から始め、咎める間もなく幾つもある罠を躱して、隠し部屋をあっさり見つけ出した。秘蔵コレクションを前に珍しく得意気な表情をしている閃光に、あちゃーとは思ったものの、誠十郎の胸にふととある思いが去来したのである。
    ーーそうだ、この子なら……
     長年探していた、自分の後継に相応しいのではないか。
     無論、閃光が最初に睨んだ通り、誠十郎もまた『一般人』の枠組みからは程遠い立ち位置にある。彼は非合法に数多の技術や情報を盗み、売り買いして来た〈世界政府〉の前身組織〈パライソ〉の諜報員であった。本来の目的をカムフラージュするために、古美術品や芸術的価値の高い文献資料、歴史的遺産にも手を広げており、それらは全て閃光が暴いてしまった部屋や書斎にひっそりと眠っていたのである。
     隠遁にあたり、口止めと報酬を兼ねてそれらの管理を任されはしたものの、そして組織は基盤として上手く政府に組み込まれはしたものの、次世代に引き継ぐべきものが残っているのも確かだった。
     しかしそれでは、彼の力を才能を利用しようとした者と一体何が違うと言うのだろう? 少年の類い稀なヒト離れした能力を悪用しようとした輩と、どう違うと言うのだろう? 始めはただ、このまま死なせてはならないとーー下心などなかったはずではないか。
     故に、誠十郎は様々な仕掛けを閃光が嬉々としてクリアし、いろいろなものを見つけ出そうと、怒らない代わりに誉めもしなかった。
     どんな理由があろうと、それは正しいことではない。法の定められた世界の中では、歴とした罰せられるべき『罪』だ。
     始めは『戦果』を自慢気に報告に来ていた閃光も、誠十郎が渋い顔で「元のところに戻すんだ」と言う度に、吹聴して回るものではないことに気づいたのだろう。次第に何かを見つけても、いちいち報せて来ることはしなくなった。
     その代わり、誠十郎は閃光に黙ったまま、徐々に仕掛けの難易度を上げて行くことにした。
     一度クリアしたはずの箇所にも違う罠をしかけておいて、それ自体に気づくかどうかも試したと言っても過言ではない。閃光はすぐに気づいた。そうして、誠十郎の無言の挑戦状に応える気になったらしい。
     持ち前の勘や力業や器用さだけではハードルが越えられない段階になると、誰に言われるでもなく閃光は自分から「学ぶ」ようになった。誠十郎の書斎に入り浸っては、ちゃんと理解出来ているのか甚だ疑問ではあったものの、片っ端から本を引っ張り出して眺めることが多くなったのだ。その集中力は舌を巻くほどで、何時間でもそうして読み耽っているものだから、誠十郎は度々食事を促しに行かねばならないほどであった。
     そうかと思えば庭を歩き回り、徐々に家の周辺に興味が移り、あちこち出て回ることも多くなった。泥だらけのぐちゃぐちゃな状態で戻ることも珍しくはなかったが、その内綺麗な花や珍しい石や木の実を持ち帰ってくれることが増えた。
    「わしにくれるのか?」
     そう問えば、こくんと短く返る首肯。
     心を開いてくれた、と言うよりは、閃光なりに世話になっている礼のつもりであるようだ。
    ーーああ、本来のお前さんはそう言う性質なんじゃな……
     それを少年がそのまま表に出して生きられないことが、なおさら誠十郎は不憫に思えて仕方がなかった。


    →続く

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