それでも少しずつ、ほんの少しずつではあったが、閃光は誠十郎やクリフに対して歩み寄りを見せてはくれていた。
     食事時だけではなく居間で過ごす時間が増え、誠十郎とボードゲームをしたり、クリフの手伝いをしたり、と言うことを自分からするようになったのだ。少年なりに自分の出来ることを探しているようでもあったし、今までやらせてもらえなかったことに対する好奇心もあっただろう。
     近頃では敷地内に限ってではあったが、誠十郎について共に散歩やら何やらもしている。傍に誰も近づけさせなかった始めの頃と比べると、双方の関係は確かに進歩したと言っていいだろう。
     その日も朝からいつものコースを辿っていたのだが、唐突に閃光が足を止めた。ヒトでは拾えなかっただろう微かな鳴き声を、その鋭敏な聴覚が捉えたからだ。
    「どうした、閃光」
     問われて、何かがいるらしい方向を迷わず指差す。当然他人より五感は優れている、とは言え、誠十郎も現役を退いて久しい。何か見つけることは叶わなかったが、
    「あっちに何かおるのか? どれ、確かめてみよう」
     彼は疑う素振りもなく、そちらに方向転換して歩き始めた。
     閃光には未だに理解し難いことなのだが、誠十郎はこちらが悪戯で誰かを惑わせるような性質でない、と信じているらしい。理由もなく疑われるのは実に嫌な気分であったし、恩義ある彼を騙すつもりなど閃光には毛頭なかったが、それにしてもあまりにも無防備ではないかと思うのだ。
    「ほれ、お前さんが案内してくれんとわしは解らんぞ」
    「…………」
     信用した、とは言え、まだ彼に背中を見せることは抵抗があったが、促されて閃光は先立って歩き始めた。
    ーー知らない匂い……多分、猫だ……
     雑多に混ざり合う空気の僅かな違和感を辿り、確信を持って進む。普段はあまり整備されていない辺りには足を踏み入れるな、と誠十郎から諭されていたが(以前派手な傷を作って戻ったことがあるのだ)、閃光は何度か赴いたことがある。
     次第に頼りない声が誠十郎にも届いたのだろう。
    「お前さん、あんな距離からよく聞こえたの」
     感心したような声が背後から上がる。
    ーーそれも、だ……
     誠十郎は閃光の人外の能力を気味悪がったりしない。すごい、と賞賛し、手放しで褒めてくれる。一番難しかった罠をクリアしても知らんぷりをしているくせに、足音で帰宅した彼が呼び鈴を鳴らす前にドアを開けて出迎えたり、匂いで失くしものを見つけたりと閃光に取っては造作もないことをするだけで、偉い素晴らしい才能だと褒めてくれるのだ。
     今までならどうして解ったのだとか、お前が盗ったのだろうとか、断罪され責められることが普通だった。
    ーー異常、なはずだろう……俺の能力は……異常なものは気味が悪いはずだろう……なのに、あんたはどうして……
     しかし、草むらや低木の茂みを掻き分けてみても、樹の根の虚や岩影を探してみても、それらしい姿は見つからない。仔猫の声は近くで聞こえるのに、怯えて隠れているようにも思えないのだが、姿が一向に見えないのだ。
    「痛たたた……どこにおるんじゃろうの……」
     屈んでいた背中を伸ばした誠十郎は、ふと上げた視線の先に立つ樹の上に、声を上げている張本人を発見した。
    「閃光、あそこじゃ」
     指差して促すと、目のよい閃光はすぐにその小さな姿を見つけた。


    →続く

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