「テメー……っ!!」
戦線に立てば、すぐ隣で仲間が肉片になるのを見るのは珍しくない。けれどそれはどこか『兵器の火力』によるもので、一人の敵が成す殺戮とは言い難いものがあった。
単体で強い戦士ともやり合ったことだったある。けれどそれでも『こいつを殺すのだ』と言う明確な意思や殺意を感じられた。あるいは恐怖や憎悪や怒りのようなものを。
こんな風に無機質に、機械的に、脊髄反射のように、命が刈り取られるのを見るのは初めてだった。
「殺すなっつってんだろ!!」
綺麗事を言う余裕など戦場で持ってはならない。背を向けて逃げる敵を追い縋って切らなければ、次はこちらが殺られることになる。そう、頭では理解していても、やはりカゲトラの気性はそれを否と叫ぶ。
苛立ち混じりに蒸気駆動を全回転させた一撃を振り放った。
どすぅ……っ!
しかし、標的に刃が届くことはない。
彼は躊躇なく四両車から加勢に駆けつけたらしい仲間の腕を引き寄せるなり、その身体を盾にしてカゲトラの一刀を防いだのだ。刃は最高出力の切れ味を遺憾なく発揮して、鍛え上げられた体躯を豆腐のようにやすやすと真っ二つにした。派手な血飛沫とぶち撒けられた肉片が、簡易の目眩ましになる。
が、影盗人はこちらへ追撃を放つではなく、前方車両に向かって駆け出した。
「ちょっ……おい、待てこら!!」
てっきりこちらの息の根を止めようとして来るものだと思っていたのに、その予想外の行動に慌ててカゲトラも後を追う。
ーー他の襲撃犯がいる先頭車両に向かう気か!
あと何人残っているかは定かでないが、ナナキが双方を相手取らねばならなくなった場合、共にいるのが第一大隊では心許ない。彼女は『対陰人用』の兵器である故か、大きな目標物や広範囲を想定した得物や技が多いのだ。逆に総督や帝国軍兵が間近にいては戦い難かろう。
だからと言って遅れを取るとは思わないが、万が一走行に不具合が出るような損傷を車体が負った場合も事故ではすまされないはずだ。
が、続けて四両車に飛び込んだカゲトラは息を飲んだ。恐らく先程盾にされた影盗人がやったのだろう。大人しく座っていたはずの老人と親子は無残に惨殺されていた。一体何が起こったのか解らない、と言いたげな表情に、思わずぎり、と奥歯を噛み締める。
「こいつらは関係ねえだろうが!! 何で殺した!?」
理由などただ一つ。
姿を見られたからだ。影盗人は総督直下の暗殺部隊。けれどそんなものは『存在しない』ことになっている。故に見た者は例え犬猫であろうと殺す。
と、影盗人は徐ろに手を伸ばし、床に転げていた少年の襟首を掴んでぐい、と持ち上げた。
「ひぁああっ!?」
刺突であったなら危なかったかもしれないが、人体二つを斬り下げるのは不可能だろう。母親に庇うように抱き竦められていたおかげで、難を免れたのだ。が、こちらの男はそれを見逃すほど甘くも温くもなかった。
「助け……嫌だっ、離して!」
国に楯突く気力など湧くべくもない、その日一日を生き延びるためこのごみ溜めを這いずり回る、ただの無力な子供だ。がたがたと震えて縮こまる小さな身体を、狙い澄ました切っ先が捉える。
が、それを黙って見守るほど、カゲトラは薄情でも無能でもない。
加速一閃、刹那で床を蹴ったカゲトラは少年を掴み上げていた影盗人の腕を躊躇なく斬り捨てた。そのまま小さな身体を背後の五両車へ放り投げる。
「邪魔だ、退いてろくそちび」
地獄絵図もかくやな内装ではあったが、親の死体が転がっているここよりはまだマシだ。何よりも気が散らなくていい。
「ほらよ、これは要らねえから返すぜ」
ぼたぼたと血を流す腕を影盗人へ投げる。無論それを受け取ることはせず、男はゆっくりとどこからともなく短刀を取り出した。
カゲトラは腹に突き立てられた小太刀を引き抜くと、シュラモドキと共にゆっくりと構える。
ーー失敗(しく)った……
まさか一瞬の交錯で、これほど見事に一撃入れられるとは思わなかった。内臓に損傷はなさそうだが、深手で派手に出血していることに変わりはない。
ーー俺が倒れたらあのくそちびが死ぬぞ! 気合い入れろ!
影盗人の双眸が仮面の奥で僅かに細められた気配がした。
→続く
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