朝食の後片付けを終えてから、ロキはわざわざ〈在りし日〉の梱包を解き始めた閃光の傍らに腰を下ろした。依頼者へ渡す前に、再度詳細の確認をするのだろう。持ち上げて、矯めつ眇めつチェックしては傷や欠損がないかを目視しているらしい。
「そう依頼があった……にしては、貴方に仕事を請け負うメリットがない。少なくとも、そんなに是が非でも達成せねばならないほどではない」
文保局はーー〈世界政府〉は表立っては匙を投げ、一応〈魔法術〉の取締を〈文化改革〉の終結を宣言した。
どこかで線引きをしないと、延々それらを追いかけ続けなければならないからだ。
一つの文明を微塵も残さず根絶する、その労力は果てしなく途方もなく、際限がなかった。それよりも崩壊しかけた〈大戦〉後の社会を立て直すために、優先して行わねばならない課題が山積みになっていたのだ。
とは言え、〈魔女〉の処刑を持ってしても、〈魔晶石〉を礎にした一大文明は完全撲滅を図れたとは言い難い。全てを捨ててゼロから新しい社会を作ることは、それこそ気の遠くなるような話だからだ。
例え残されたものが裏へ闇へ流れたとしても、表の世界を滞らせる訳には行かない。
故に、密かに厳正な監視は続けられている。
〈大戦〉後間もなく現在のマザーシステムが完成し、ネットワーク上のありとあらゆるデータを掌握出来るようになってからは、その摘発率も格段に上がっていた。
戦後は裏社会の在り方も変わり、わざわざ戦争をするでもないのに莫大なリスクを負ってまでそうしたものに手を出そうとする輩は、確実に減っている。だからこその代理窃盗が成り立つのかも知れないが、見つかれば生涯監獄から出ることはないだろう。
それが例え、たった一本のペンだったとしても。
他の方法で稼いだ方が利口と言うものだ。少なくともその腕があれば、わざわざ危ない橋を渡る必要性はない。
「まだ……どうしたもんか、頭抱えてるってのが正直なところなんだが」
ふざけて紫煙で輪っかなど作りながら、閃光は珍しく歯切れの悪い表情を浮かべていた。けれど、ロキに仕事を手伝ってもらうと決めた以上、話しておかない訳にも行くまい。
「あー……お前は『怪盗バレット』についてどのくらい知っている?」
「確か〈大戦〉中、秘密組織〈パライソ〉の諜報部員にそのコードネームを持つ者がいましたね。彼には各国が、機密情報やら秘密兵器やらを散々盗まれたとか……終戦直前に姿を消したので、戦死しただのどこかの暗殺者に消されただのと言うのがもっぱらの噂でしたが、個人的にはそれも疑わしいと思ってました。ところが今回、貴方はその名を名乗った」
「…………」
「でも僕の見たところ、貴方はまだ二十歳になっていない……つまり、戦時中のバレットとは別人だ。貴方が名を騙っているのか、後継なのか……ともかく共通しているのは〈魔晶石〉を獲物にしている、と言うことくらいですね」
「……戦時中に活動していたのは俺の養父、先代だ。〈パライソ〉は戦争終結のために働き、結果それはなった。だが、完全じゃねえ……俺は、その取りこぼされた分を拾い集めたいと思ってる」
と、と灰皿に落とされる燃え殻。
「っつーのはまあ、理由の半分」
「もう半分は?」
「俺の血には〈魔女〉の〈呪い〉がかけられている……っつったら、信じるか?」
それはーー
実際にこの目でヒトの規格を大きく外れた身体能力や五感、体質上食べられないと告げられたもの、通常遺伝的に表れるはずのない紅い双眸、契約を交わした際に摂取した血に宿った微量なマナなど、『普通のヒトではない』部分を見ていなければ、荒唐無稽な冗談だとすら思っただろう。
「ええ……これでも一応、僕も〈魔法術〉の一部ですから」
その答えを聞いた閃光は懐から愛銃を取り出すと、ロキの目の前に置いて見せた。珍しい銀色の銃身ーーけれど、それが何であるか、銃把の台尻に刻まれた紋様を見るよりも早く理解する。
交戦中は気づかなかったが、
「〈魔女〉の〈遺産〉……」
「銘はFENRIR(フェンリル) F08。ジジイから譲り受けたが、元は俺の家に代々伝わっていたものらしい。まあ、呪いの方とは関係ないんだけどな」
「つまり、これとは別に閃光の家系にはその血に〈魔法術〉がかけられている、と……?」
「ああ……煩わしいったらねえだろう? だから、もしかしたら万に一つでもいい……こいつを解く〈魔法術〉がねえか、探してる」
ーー閃光自身は、どのくらい知っているんだろう……
本来マナは自然物にしか宿らない。野生の生き物はおろか、ヒトに直接取り込むことなど普通なら不可能だ。けれど、閃光が〈遺産〉だと言った得物の銃と同様、その血に〈魔女〉の手が及んでいるとしたら、
『お前はちゃんと、俺よりヒトだよ』
ぎゅっと両の拳を握り締めて、ロキは目を凝らした。
→続く
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