濃い潮の匂いに満ちた生ぬるい浜風が、建ち並ぶ倉庫の間を駆け抜けて行く。遠くでバタバタと、しまい忘れたらしいフラッグが煽られている音。時折夜闇の中に怪獣の燃える瞳のような灯りがちらついているのは、停泊中のタンカーかコンテナターミナルのクレーンだ。
翌日配達も可能な迅速対応が売りのトイボックスの倉庫街は、真夜中と言えど煌々とライトに照らし出されてフォークリフトに乗った従業員がうろうろしている。
無論警備体制もなかなかのもので、いかに相手が一般人の警備員だけとは言え、見つかって騒ぎになれば面倒なことこの上ないだろう。
ーーさて……零番倉庫は、ここからだと十一時の方向……
門入口横に構えられていた簡易詰所を襲撃した閃光は、あっさりと警備員を拘束して制服とカードキーを奪うと、壁面にでかでかと貼られていた地図を脳裏に思い浮かべた。そこには『ないことになっている』零番倉庫は、勿論描かれていなかった。
が、並んだ番号と知られたくないものは奥に配置しておきたいジェフリーの心理を考えると、スワロウテイルが寄越してくれた衛星写真と照らし合わせても、まず間違いはないだろう。
そこまで広い敷地をちんたら歩いている暇はない。ぐうすかいびきをかいて床に転がっている彼も、普段移動は徒歩ではなかろう。裏手を探ると案の定、自転車が壁に立てかけられていた。
ーーせめてスクーターとか……まぁ、贅沢言ってる場合じゃねえか……
侵入がバレるまでどのくらい猶予があるだろう? 出荷や搬入のトラックがやって来て異常事態が判明するまでに、目的地へ到着しておかなければ。
ーーロキ……お前、無事だよな……
そんなに柔ではない、とは思っているが、〈魔導人形〉にだって弱点がない訳ではない。壊す術はいくつもある。実際そうして、彼以外同型の二十九体は処分された。
ーー上手いこと誘い出されやがって……
ジェフリーがロキを連れ去ったのは、閃光を釣り上げるために違いない。面目をことごとく潰された報復をするまで、閃光を手中に収めるまで、無事のはずだ。ああしてブラフを叩きつけはしたものの、こちらが倉庫に向かっていることは、スワロウテイルを介して解っているだろう。
そしてきっと、この手の輩は報復の手が二度と伸ばせないほど叩きのめしておかなければ、何度だって同じことを仕掛けて来るに違いない。
ーーじゃあ、どうするかってーと……
一番倉庫の影からそっと様子を窺う。
件の零番倉庫と思しき場所は、工事現場によくあるような仮設詰所らしきものが建っていた。当然明かりが漏れており、正面にはバンが一台ぽつんと停まっている。
ーー弾丸は……三十、ってとこか……
本社ビルに待機していた部隊の他にもいるとしたら、ぎりぎりな感じは否めなかったが、閃光はゆっくりと息を吐いて影から飛び出すと、詰所の裏口辺りに身を潜めた。ポケットから取り出した小さな石鹸の欠片のようなものにジッポーで火をつけると、空気ダクトの中に放り込む。揮発性の催眠ガスが効果を表すまで三分。密閉性が多少不安ではあったが、やがてどさりと何かがくずおれる音が鼓膜を打つ。
念のため口元と鼻を覆ってそっと中を覗くと、三人の屈強な男が床に倒れていずれも寝息を立てていた。
ーーこりゃあ……大集合かもしれねえなぁ……
棚に入っていたロープでそれぞれをきっちり拘束すると、閃光はぐるりと室内を見渡した。狭い詰所は休憩スペースや資材置場を装っているだけあって、到底倉庫と呼べるような体は成していない。
が、
「まあ、お日さんの届くとこじゃあ扱えるようなものじゃねえわな」
一際大きなロッカーを開けると、カモフラージュでかかったハンガーの下、底面の隅に不自然な出っ張り部品がついている。それを引けば案の定、暗い地下へ続く階段が口を開けているではないか。
躊躇なく闇の中へ身体を踊らせる。
ーーもう向こうに気づかれてると思え、スピード勝負だ!
* * *
→続く
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