慌てて身を乗り出し手を伸ばしたが、カゲトラがナナキを捉えることは叶わなかった。しかしこちらを見やるその眼差しは、決して絶望の色に染まってなどいない。
     寧ろ、
    ――こいつ、自分で飛び降りやがったのか!!
     呆気に取られて目を丸くするカゲトラの目の前で、伸ばしたナナキの腕から鋼の機巧が飛び出す。白煙と共に隠人(オンヌ)に喰らいつく無数のそれは、黒光りする刃の弾雨だ。
     一体何で出来ているのか定かでない巨躯の防御力を物ともせず、斬り裂き貫き蹂躙する。
     悲鳴とも憤怒とも取れる咆哮が轟き、大地を揺らした。隠人の口からはまたも灼熱玉が放たれる。しかし、ナナキは空中でくるりと身体を捻ってそれを躱し、半ばのけ反るようにして思い切り華奢な腕を振り上げる。
     それはいつの間にか巨大な刀剣へと変貌しており、重力によって降下した切っ先は、微塵の容赦も躊躇もなく隠人を頭頂から大地へと串刺した。だけでは飽き足らず、刃は刹那で蒸気を噴き上げながらきりきりと音を立てて、戦艦もかくやな砲門へと姿を変える。
     腕の半ばから鋼鉄の機巧と化したその様は常軌を逸していた。が、
    「黄泉路では……迷うでないぞ」
     ごっと言う轟音と共にその巨躯を塵一つ細胞一つ残らず消し飛ばしてみせたナナキの眼差しは、凪いだ海のように穏やかで静かだった。灼かれた空気の名残のような粒子がきらきらと鈍く光りながら、ゆっくり硝煙と蒸気が晴れて行く。
     しかし、ナナキの降下は止まる気配がない。爆風と反動で幾らか舞い上がっていた身体は、そのまま真っ逆さまに大地に向かって落ちて行く。
    ――そうか、あいつは……飛べる訳じゃないんかよ!
    「おま……っ、ちょっ……あああああっ!!」
     はっと我に返ったカゲトラは慌てて鞴(ふいご)を踏み込んだ。急降下してナナキの下方に回り込んだ機体は、地面すれすれの位置で辛うじて彼女を受け止める。その衝撃で尾羽が大地で削れ、嫌な音を立てて機体は不時着気味に鼻先を瓦礫の中に突っ込んだ。もみくちゃにされはしたが、どうにか二人とも怪我はない。
    「痛つつつ……おい、ナナキ。無事か?」
    「…………どさくさに紛れてどこに触っておるか、この無礼者が!!」
    「いやー、いい緩衝材だっぐふぉああっ!?」
     不可抗力で埋まっていた胸元から引き剥がされて、半壊していた操縦席に叩きつけられる。おかげでぼん! と黒い煙を上げて口を開けた駆動部は、もはやご臨終の体を成してしまった。
    「お前な、俺が間に合わなかったら、轢かれた蛙みたいにぺしゃんこになるとこだったんだぞ! ちったあ感謝しろ! どうするつもりだったんだよ、全く……」
    「そんなもしもの話などしたところで仕方あるまい。わしは主を信じて任せた。主は間に合った。それ以上必要なことなど何もなかろう」
     立ち上がり、砂埃を払うとナナキはカゲトラに手を差し出した。たった一、二時間前に逢ったばかりのこちらにあっさりとその命を預けた彼女は不敵に笑いながら、
    「初めてにしてはなかなかよい仕事っぷりじゃ。次もこの調子で頼むぞ、相棒」
    「…………まあ、死なねえ程度に頑張るわ」
     不承不承その手を借りて立ち上がると、カゲトラはナナキとこつんと拳をぶつけ合った。
    「で……こいつが壊れちまった現在、俺たちゃどうやって帰ればいいんだ? 相棒」


    →続く

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