「はい、カゲトラ君。君の荷物届いてたよ」
     翌日黒須から手渡された箱は、戦死した兵の私物を遺族へ送り返す際のものだった。
     例え言葉にされずとも、元上官と同僚の悪意が透けて見えて胸糞が悪くなる。中には大したものなど入っていないのだから、どうせなら処分してくれればよかったのに、と舌打ちをこぼしながら受け取った。
    「わざわざありがとな」
    「それにしても、君荷物少ないね。普通もうちょっとこう……何かいろいろあるでしょ、お気に入りの湯呑みとかよく読んでる本とかさ。殆んど支給品じゃない」
    「生憎いろいろ執着する性質じゃないんで。それに、いざ本当に死んだ時遺品とか処分に困るだろ? まあ、俺は送って貰うような家族もいないからあれだけど」
    「若いのに寂しいこと言うなぁ」
     ざっと中身を確認してみたものの、やはり長らくずっと持っていなければならないようなものはない。唯一開けたまま半分湿気っている煙草と着火具を取り出してから、後で箱ごとまるっと捨ててしまおうと決めて、カゲトラは黒須に向き直った。
    「そう言や、黒須サン。俺の得物はいつ届くんだ? まさかずっとナナキの運転手してろって訳じゃあるめぇ? それにしても丸腰じゃあ、いざと言う時心許なさ過ぎる」
    「…………君って奴は、肝が据わってんのか馬鹿なのか、一体どっちなんだろう」
    「あぁ?」
     きっぱりとした口調で、肘をついて組んだ両手の上に思案顔を乗せる黒須に、カゲトラは思わず威嚇の声を上げる。自分でも利口だとか賢いなどと言う単語とは縁がないことは承知しているが、他人からそんな風には誰しも言われたくないものだ。
    「他に質問すべきことがもっとあるでしょうが……あの化物は何だー!? とか、ナナキ君は一体何者なんだー!? とかさ」
    「…………」
     身振り手振り大袈裟な仕草で、本来欲しかったらしい反応を体現して見せる黒須に、ばりばりと頭を掻いてから、カゲトラは小さく息をついて煙草を一本取り出すと、火をつけて紫煙を吐き出した。
    「あのなぁ……俺ぁ下っ端雑兵とは言え、曲がりなりにも軍属だぞ。相手が反乱組織だろうが異国の軍だろうが化物だろうが、ぶっ殺して闘うのが仕事だ。綺麗事言うつもりもない変わりに、その事実も揺らぐつもりはねえ。やれと言われりゃ、それが誰だろうがやるさ」
    「…………」
    「ナナキのことも、普通の人間じゃねえのはあの姿と馬鹿強さ見たら解る。でも、あいつが俺に話すでもねえことを、こそこそ嗅ぎ回るのは性分じゃねえんだよ。相棒で、命預けて預かった。そんだけだ」
     普段の懐こい柔らかな笑みはどこへやら、こちらの真意を計ろうとでもするかのように、怜悧な眼差しを注いで来る黒須を思い切り睥睨する。しばし二人の視線が空中で激しく衝突し、見えない火花を散らしたが、先にその矛を収めたのは黒須の方だった。
    「成程……君、やたらと異動が多い理由が解る気がするよ。上官として、こんなに扱い難い部下は持ちたくない」
    「そりゃどーも」
    「まあいいさ、これも何かの縁だ。君がそのつもりなら、こちらとしても人手がないんだからありがたく使うよ。今日は早速、もう一つの業務に向かって貰おう」
     机の引き出しを開けて蒸気四輪と鉄扉の鍵を取り出した黒須は、それをカゲトラへ差し出してからいつもの笑みを浮かべてみせた。
    「ナナキ君は地下で待ってる。カゲトラ君の武器もそっちに届いてるはずだ」
    「へいへーい」
    「その前に一つ」
     鍵をそのままくれるのかと思いきや、肩透かしを食らってカゲトラは思わずむっとした顔になる。が、今さらこの上官は、その鋭過ぎる目付きの悪さに怯んだりなどしない。
    「君が新たに受け取る得物は、あの隠人(オンヌ)たちにも太刀打ち出来る特殊装備『魔神兵装(ましんへいそう)』だ。無論人間相手の通常戦闘も可能だが、何故ナナキ君を単独行動させないか……その意味が解るかね?」
    『あれを化物と言ってしまえば、わしも大差ないものになるがの』
     隠人のことを問うた時、ナナキはそう言った。ならば彼が言わんとすることは一つしかない。ただそれを己の口から吐いて事実だと認めたくないが故に、カゲトラは黒須へ問い返した。
    「何が言いたい」
    「万が一の時は、君がその得物でナナキ君を始末しろってことさ」
    「…………万が一なんてものは、ねえ」
     どすの効いた低音でそう吐き捨てると、カゲトラは黒須の手から鍵を引ったくった。そのまま振り返らずに部屋を後にしようとした背中へ、のんびり声がかけられる。
    「あ、そうそう。カゲトラ君、もうちょっと始末書の書き方練習した方がいいよ。『すまんかった、以後気をつける』なんて小学生以下じゃないか」
     火に油を注ぐような進言に、叩きつけて閉められた扉が小さく悲鳴を上げた。
    「やれやれ、短気なところは玉に傷だなあ……」
     一人になった黒須は静かな部屋の中で独りごちながら、先程とは違う引き出しを開けた。そこには分厚い茶封筒が一つ収まっている。その中から取り出したのは紐で綴じられた報告書だった。
     『適合者目録』と書かれた黒い表紙を捲れば、その一頁目にはカゲトラの写真と来歴諸々が細かく記されているではないか。そこへ墨をたっぷり含ませた筆で大きくばつ印を書いてから、
    「いつまで保つか……見物だね、実に」


    →続く

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