例えば、君は後七日で死ぬと宣言されてしまった場合、人はその最期の七日間をどう生きようとするものなのだろう。
     会社も学校もやめてゲーム三昧?
     貯金全額下ろして行きたいとこへ旅行?
     高級料理を食いまくる?
     それとも、悪足掻きなんてせずにいつも通りの日々を淡々と過ごすんだろうか。
     俺の場合はそのどれでもなくて、まあ、悪足掻きと言えば悪足掻きなんだけども、前から密かに想いを寄せていた幼馴染みに告白した。
    「取り敢えず、七日でいいから、試しに俺のカノジョになってよ」
     とどこかの性質の悪い詐欺マスコットみたいな物言いで。終業式後の校舎裏、ノーセンキューと言われたら俺の最期の夏は地獄だな、と思いながら。
     何せ彼女は学年屈指の高嶺の花だ。アドバンテージはあれど勝率は低い。
     けれど、
    「いいよ。別に七日じゃなくても、お試しじゃなくても」
    「マジでか」
    「うん。いつ言ってくれるのかなぁ、って本当は思ってた」
     嬉しさのあまりに五体投地しそうだった。神様仏様ご先祖様! どうやら俺は童貞のまま死なずにすみそうです!!
     最低だって笑えばいい。
     クソ野郎って罵ればいいさ。
     でも俺は、キスの一つも知らないままで死んだりしたくない。
     そんなことを俺が考えているなどとは露知らず、彼女は改めてよろしくね、とはにかんだ顔でそう笑った。

     とは言え、恋人初心者の俺がトントン拍子に事を進められるはずもなく、プールに行って映画観て、花火してお祭り行って、夏を満喫している間にあっさりと時間は過ぎた。
     確かに、『カノジョと過ごす』と言う点から見れば、世界はこんなにも幸せで満ちていたのか!! と視界が晴れ渡るような、男友達とダラダラやっている気楽さとは違うものを味わえたし、彼女の可愛さにも改めて気づかされたりもした訳だけど、『デートする』以外のノルマを何一つクリア出来ていない以上に、俺にとっては最大の誤算があった。
     楽しかったんだーー七日なんかじゃ到底足りないくらいに。
     もっと生きたい、彼女と一緒にいろんなことをしたい見たいとどんどん欲だけが溢れて来る。俺には明日なんて未来なんて、二度とやっては来ないと言うのに。
     ともかく、いつタイムアーップ! と宣言されてしまうか解らないので、俺は朝一に彼女を最寄りの公園に呼び出した。近頃ではラジオ体操なんてやっていないのか、木漏れ日に朝陽がきらきらと眩しいそこには誰もいない。
     昔はよく彼女と一緒に遊んだ遊具も、今はその大半が撤去されてしまっていて、サイズも小さくなっていて、どことなく寂しいと言うか物悲しい空気を漂わせている。
     そう言えば、あの頃はこんなに気温も高くなかった、とTシャツを張りつかせる汗を拭った。異常に喉が渇いている。もしかして、俺の身体は既に何か変異が起こり始めているのだろうか?
     それならせめて、一目彼女に会ってから死にたい。七日、短い間だったけれど、本当にありがとう、とお礼を告げてから死にたかった。
     それにしたって遅い。
     約束の時間はもう当に過ぎていると言うのに、彼女からは連絡の一つも入っていなかった。几帳面で、どちらかと言えば待ち合わせ場所には先に着いているような子なのに、一体どうしたと言うのだろう?
     心配になって、立ち上がり入口の方へ向かう。
     車止めで遮られたその向こう、細い歩道にふと麦わら帽子が落ちていた。大きな水玉リボンのついたそれは、初めてデートしたプールへの道すがら、俺が彼女にプレゼントしたのと同じものだった。
     どうしてそれが、こんなところに落ちているのか。
     恐る恐る近づいて、そして、俺はゆっくりと麦わら帽子を拾い上げた。何故か、雨が降っている訳でもないのに、シャワーでも浴びたかのようにぐっしょり濡れていたそれから、いつも彼女が着けていた髪留めのピンが転げ落ちる。
     ジリジリと照りつける太陽。
     帽子の下には水溜まり。
     ーーああ、そうか。
     彼女にも期限があったのだ。何日かは解らない。けれど、ここに来る途中で先に訪れたのだろう生命の期限。
     強すぎる日差しに耐えかねたのか。
     だから溶けて消えてしまったのか。
     もしかしたら、俺があちこち連れ回したせいで、本当はまだあったはずのそれを、縮めてしまったのかもしれない。
    「ねえ、記念にこれ買ってよ」
     と言ったのは。少しでも、俺と過ごす時間を長くしたいと言う、彼女なりの言葉だったんだろうか。
     ごめん。
     ごめんな。
     ぎゅっ、と麦わら帽子を抱き締める。
     遠く蝉の声。ちらちらと視界に踊る木漏れ日に世界が眩む。ああ、酷く喉が渇いている。
     ゆっくり屈み込むと、俺は地面の水溜まりにキスを落とした。一口含んだ水は酷く甘くて、ただそれだけで満たされた気がする。もう充分だ。これ以上思い残すことは何もない。
     ぴし、と背中の皮が罅割れた衝撃に、僅か身体を震わせる。縮こまっていた翅は、思ったより大きく成長していた。ああ、これならきっと彼女がいる場所にだって飛んで行けるはずだ。
     七日。
     十何年と一緒に過ごした中で、たった七日間だけカノジョだった彼女を想いながら、俺はゆっくりと殻を脱ぎ捨てた。


    以上、完。