暦の上では夏も終わり、店頭には気の早いことに既に秋冬物まで並び始めた季節だと言うのに、何でかホラー映画を観るはめになった。
     公開日も残り少ないB級作品で、話題にすら上っていない。
     プレゼント企画か何かの商品だったチケットが、あまりのマイナーっぷりに残って回されたとかで、例えタダで観られるのだとしても、休みの貴重な二時間半を浪費したくはなかった。
     おまけに俺は、ユーレイだとかオバケだとかが大の苦手だ。
     何が悲しくて、わざわざ恐い思いをしなければならないのか。好き好んでホラーなんか観る奴の気が知れない。涼しくなりたいってんなら、他にもいろいろ方法があるだろ。
     けれど、平日は忙しくてメールもまともにやり取り出来ないような毎日で、まがりなりにも久し振りのデートな訳で、「もしかして恐えの?」なんて嗤いながら挑発されたら、負けず嫌いな俺は「はあ、誰が!?」と返してしまう訳で。
     席に座って、秒で後悔した。
     エアコンの効いたひんやりと暗い空間、のっけからおどろおどろしい洋館にまつわる凄惨な悲劇のエピソード。
     何が海外ホラーはスプラッタ主流だから、エグいだけで怖くない、だ。十二分に恐いわ!!
     目を逸らしたいのに、逸らしたら負けな気がして、えげつない画面に目が釘付けになる。絶叫が響く度にびくつく身体が、恥ずかしいと思う余裕もない。
     ああ、帰りたい。今すぐ帰って布団にくるまりたい。
     その時、ぎゅうっと握り締めていた手を握られて、不覚にも俺は悲鳴を上げそうになった。見れば、隣の恋人が宥めるように視線の先で俺の手を繋ぐ。するり、と指が絡まり、大丈夫、とでも言うようにゆっくりとなぞられて、冷えきっていた指先に体温が戻って来るのを自覚した。
     緊張で早鐘だった鼓動が別の意味で跳ね上がる。
    「あんまり、そそる顔しないでくれねえかなぁ」
     耳元に寄せられた低音がそう揶揄するが、ベッドの中みたいに甘い声を出すな。
     慣れた温もりに恐怖はどこかへスッ飛んだものの、確信犯の笑みを浮かべるこの男をどう困らせてやろうか、と頭を巡らせる。
     今夜覚えとけよ。


    完。