「ねえ、兄上は一体何を貰ったんですか?」
     扉の前の壁に背凭れていた弟が、こちらの姿を認めるなり無邪気な笑顔で駆け寄って来る。
     その顔はまるで鏡に写したあちらとこちらのように寸分違わず同じものだ。
     温かな陽光を紡いだようだと比喩される金糸も、澄んだ空だとか深い海だとか歌われる瞳も。何一つ変わらない、全く同じものであるはずなのに。
     僕は僅かに双眸を細めてやり過ごすと、その問いには答えずに彼の傍らをすり抜けた。が、弟はこちらの不穏な気配に気付いた様子もなく、そのまま踵を返して後を追って来る。
    「見て下さい、兄上。僕はこれ、光の剣です。人々を導き護る、英雄たれと主はこんな大切なものを僕に託して下さった。嬉しいけど……少し、不安です」
     そうあくまでも悪気などなく、
     素直で純粋でみんなから愛され必要とされ、それに応えるだけの力を持った弟は、確かに貴方の見込み通り誰より清く正しく美しく、誰もが描く理想の英雄を担う者としてこの世界で一番相応しかっただろう。
     産まれ落ちたばかりの始まりは、
     その前後の順番以外の違いなどただの一つもなかったはずなのに。
     元々はたった一つの小さな命だった僕と弟は、何の違いもない全てを等しく分け合った、同じ片割れ同士であったはずなのに。
    「大丈夫。お前ならきっとやり遂げられるさ。だから主はお前にそれを託したんだろう」
     そう思ってもいない言葉を嘯くと、弟は一瞬驚いたように息を飲んで目を丸くし、そのまま相好を崩して、はにかんだような笑みを柔らかく浮かべた。
    「兄上にそう言って貰えると心強いです。これからもずっと一緒に……」
    「それは出来ない」
     ぴしゃりと撥ねつけるように告げると、笑顔がひび割れたように凍りつく。ああ、ムカつく……今すぐその頭をぶち割って中身を撒き散らしてやれたら、どんなにつかえた胸の奥がスッと晴れ晴れするだろう。
     真っ直ぐに弟を見遣る今の僕は、一体どんな顔をしているんだろうか?
    「何を貰ったか、だって? あのふんぞり返ったクソヤローが僕にくれたのはな、全てをぶっ壊す権利だ」
     言って、僕は心の中でその名を呼ぶ。
     忠実なる下僕は、瞬きする間もないほどでその姿を掌中に現した。
     弟の光の剣と対を成す禍々しき漆黒の刃――闇の剣。
    『双子は対極の運命を担わなければなりません。片方は人間の導き手として、光を携えた正義の英雄を。もう片方は必ず倒され滅ぼされる運命にある――闇を纏いし象徴として邪悪なる魔王を』
    ――どうしてそれが、僕でなければならなかったのですか?
     怯えた顔をして後退さる弟の目の前で、真っ黒に染まってしまった翼をばさりと広げてみせる。
     ああ、何てことだろう。
     そこには一片の羽根もなく、まるで怪物のような骨格と薄い皮膜だけが残った無様なものが、猛々しく吠えるように壁を薙ぎ払っただけだ。
     どこで違えてしまったのだろう?
     いつからこんな風に放れてしまったんだろう?
     今はもう夜闇のような髪も、燃え盛る業火のような金色の瞳も、何もかもが弟とは違っている。何一つ同じものなどありはしない。こんなにもこの身体を形作る細胞は変わらない、同じものであるはずなのに。
     何て似ていない――選ばれた者と選ばれなかった者の、鏡のあちらとこちら決して重なることはないこの彼我は。
    「僕はこれからお前の大事なものを一つずつ壊しに行くよ。何も残してなんてやらない。全部全部裏切って謀って騙して脅して奪って犯して殺して蹂躙して無茶苦茶に壊してあげる」
     だから早く終わらせに来ればいい。
     きっとお前だけがその権利と資格を持っている。
     残酷な指先で紡がれる、運命の糸が切れるまで僕は愚かにも躍り続けなければならない。
     空いた穴から外に身を投げ出して、そのまま一気に地上を目指す。手始めに村の一つでも焼き払えば、弟もこちらが本気だと解るだろう。
     そしてふと、もし逆の立場だったならあいつはどうしただろうかと考えた。きっと悲嘆しそのまま舌でも噛んで自害したかもしれない。
    ――何だ。似てるだなんて錯覚で、とうの昔から僕と弟は別々の生き物だったんだろう。多分、恐らく、この世界に産声を上げたその瞬間から。


    ……world is end.