やれやれ、と溜息をついてから引っくり返されていた安楽椅子を元に戻す。お気に入りだったのにずたずたに切り裂かれて、中の綿が飛び出していた。家捜しするにしてももう少し、スマートなやり方と言うものがあるだろうに。
     取り敢えずは他に座るものがないのでそのまま腰かける。ぎ、と体重を受け止めて僅か軋んだ音を立てたものの、まだどうにか椅子としての役割は果たしてくれそうだ。危うくて背中を預ける気にはなれないが。
    「何だって不用心に部屋に置いてあると思うかね……俺ぁこれでも、命狙われたことがあるのは初めてじゃないんだが」
     ぶち破られた窓ガラスの破片を靴底で払いながら端へ押しやって、煙草をくわえる。乾いた音を立ててジッポーで火をつけると、途端に紫煙が広くはない室内に広がった。
     ジャケットの内ポケットを探り、小さなブローチを取り出した。先日酒場のポーカーで見知らぬ男から巻き上げたそれは、美しい瑠璃色の宝石が中央で輝いている。しかし、値段自体はそう高価なものではなく、質屋に持って行っても二束三文の値段をつけられるのがオチだろう。
     そしてつい昨日、その男が死体となって河に浮かんでいたと言うニュースをタブロイド紙で目にした。
     だが、この街では別に珍しいことではない。
     誰かが死ぬことも。
     厄介事に巻き込まれることも。
    「ったぁく、面倒くせえなぁ……」
     だが乗りかかった船から下りることは出来ない。既に動き出した船体は岸を離れてしまったのだ。
     味方も仲間も自分にはいない。
     今まで誰も信用せず、たった独りきりでこの界隈を生き抜いて来た。それはずっとこれからも同じだ。
     どうせいつか汚い路地裏でボロ雑巾みたいな最期を迎えるなら、抱えるものは出来るだけ少ない方がいいに決まっている。
    「せっかくならきれいなオネーチャンから受け取りたかったもんだな」
     独りごち、立ち上がると安楽椅子の肘置きに煙草の先を押しつけて火を消す。この部屋ともおさらばだ。
     誰に喧嘩を売るにしろ、得物はS&Wだけで充分ってな。