しかし、いかに他の車両よりもゆったりした空間に作られているとは言え、彼らが足を踏み入れたことのあるどの建物内よりも狭いこの場は、椅子や調度品に阻まれて自由に陣形を展開することが出来ない。ましてやそこに置かれたものが、士族と言えど気軽にホイホイ買えるような代物ではないことを知っている身ともなれば、なおさらである。
結果縦に並ぶしかなかった彼らは、先頭の数名が爆発の犠牲になった。
「最強部隊が聞いて呆れる」
嘲笑うように溢された言葉に、カッとした第一大隊が刀を振りかぶる。が、その切っ先は椅子の背もたれに阻まれた。
「……馬鹿め」
青ざめるその顔へ機巧義肢の照準を合わせる。
ドンっ! と腹の底に響く号砲が穿ったのは不運な親衛隊員の体躯ではなく、美しい模様の描かれた車両の天井であった。咄嗟に足元に転がっていた扉の破片をカゲトラが銃口目がけて投擲したおかげで、辛うじて弾道が逸れたのだ。もしこれが本物の大砲であったならば、これしきのことで方向を変えることは叶わなかっただろう。
「…………っ!?」
衝撃で体勢を崩した男を取り押さえようと、 カゲトラは躊躇なく飛びかかる。
しかし、刹那で機巧義肢をヒトの手へと戻した男はするりとその懐へ潜り込むと、逆に伸ばされた腕と胸倉を掴み、背負い投げの要領で決して小柄ではないカゲトラを投げ飛ばした。綺麗に弧を描いた彼は、木製の壁をぶち割って狭い廊下へ放り出されてしまう。
「カゲトラ……っ!」
「問題ねえ! そっち頼む!」
怒鳴るように声を張り上げ、ぶるぶると頭を振って立ち上がる。木屑が服の中に入らなかったのは幸いだ。うむ、と言う頼もしい返事があったのを確認し、カゲトラはそのまま後方車両へ向かって駆ける。
襲撃者がどこへ潜んでいたにしろ、これほど馬鹿でかい乗り物をたった一人で占拠しようなどと言う輩は阿呆だ。 少なくとも他に四、五人ほど同胞がいるのは間違いない。 真っ先に先頭車両と運転席を狙いに来たのは、上流区画住人と操縦権を押さえるためだろう。
先程停車した駅で殆んどの一般客が降りていたのは幸運だった。
ーーいや、奴らも大量の人質を監視下に置くのは手間だったはずだ。 目が行き届かねえ……
ただでさえ広くはない客車の中で、悶着を起こしたら戦い辛いのはお互い様なのである。しかし、いくらこちらが戦闘訓練を積んだ選りすぐりの玄人とは言え、先の男のように誰も彼もが強力な火器を持っていたのでは分が悪い。 何しろこちらは護衛が主な任務であると言うことで、 拳銃と刀がいいところと言う心許ない装備なのだ。
ーーだから、俺とナナキを連れて来た……〈魔神兵装〉なら渡り合えると踏んで……
二両目、三両目はもぬけの殻だった。念のため爆発物などが仕掛けられていないか、座席の下や網棚へさりげなく視線を投げながら走る。
四両目、騒ぎの音は聞こえていたのだろう。突然の出来事に震え上がっている親子と老人が一人。
突如扉を開けて飛び込んで来たこちらに、すわ悪党が来たものかと小さな悲鳴をこぼしている。身なりからして、中流区画へ出稼ぎしていたのだろうが、玖街の住人ではない。
「悪い、この機関車襲撃された。怪しい奴見たか?」
それを言うなら今現在、カゲトラが絶賛怪しい人物の筆頭であっただろうが、改変し尽くした隊服でも帝国軍所属だとは理解して貰えたらしい。まるでしばらく油を差さずに錆びてしまった人形のようにぎぎぎと音がしそうな素振りではあったが、親子も老人も揃って首を振った。
「もし誰か来ても騒ぐなよ。抵抗もするな。刺激しないように大人しくしてろ」
それこそ強盗のような台詞で念押しすると、カゲトラは五両目の扉に手をかけた。途端に、ドババ……っ! と幾分高らかな銃声が轟く。向こうはしっかり機関銃所持だ。咄嗟に扉を閉めたおかげですぐに止んだものの、開け放して飛び込もうものなら、うっかり背後の三人に当たらないとも限らない。
抉れてささくれた壁を睨みつけ、カゲトラは小さく舌打ちをこぼした。
ーー他に入口がありゃあ……
金品が目的であったなら、 まだ乗客が多い間を狙っただろう。
つまり金烏が乗っていようといまいと、彼らの正体は次から次へと湧いて出るーー政治的主張を押し通すためのいずれかの反政府組織に与する輩に相違ない。
となれば、いかな守るべき一般市民であるとは言え、カゲトラにとってぶちのめすことに躊躇する理由などない。それ以上に、この乗り物へ傷をつける遠慮などかなぐり捨ててよい。
ーーまあ、銃はあんまり得意じゃねぇんだがなあ……
好機を思案しながらぺろりと舌なめずりをしたところで、カゲトラは乗降口脇の小さなレバーを発見した。
この蒸気機関車の注目点の一つとして、全ての乗降口が運転席で開閉出来る(蒸気圧を利用して云々と説明を受けたが、途中から聞いていなかった) 仕様になっているところにある。とは言え、万が一の事故や故障に備えてそれらは手動でも開閉出来るように設計されており、まさしく発見したのはそれであったのだ。
つまり、五両目の犯人に気づかれることなく、カゲトラは外へ出られる。屋根伝いに背後を取るなり、窓を破って侵入するなり、襲撃者の虚を突くことも出来る上に三人に傷を負わせる危険性は格段に下がるのだ。
ただ唯一の問題は、現在もナナキが先頭車両を死守しているおかげで、蒸気駆動四輪よりも速い速度でこの機関車が走り続けていることだった。乗降扉を上げた途端、荒れ狂う風が廊下に飛び込んで来る。
「どうわっ!?」
忙しなく線路を食む滑車、轟々と唸りを上げて飛ぶように過ぎて行く景色。
今まで体感した中で三指に入るだろうそれを生身に叩きつけられたものの、生憎とそんなもので怯むような可愛げなど顔も知らない母親の腹に捨て置いて来たような性分だ。
ぐっと上枠の縁を掴むなり、力いっぱい床を蹴る。全身の筋肉を総動員した瞬発力でぐわりと逆上がりしたカゲトラは、吹きすさぶ風など物ともせずに機関車の屋根上へと躍り出た。空気抵抗をいなしながら (何せ上背がある)、動くものの上に立つコツを掴むまで数秒。いくらかいつもより重心を低めにした姿勢で、目指す五両目へと移動する。
気づかれぬように細心の注意を払いながら、覗き込んだ窓から車両の中を見遣って、ひゅっと体温が下がった気がした。五両目はバケツでぶち撒けたように、夥しいまでの鮮血に濡れていたからだ。
カゲトラの目の前で剣戟の火花が銃口の閃光が瞬き、 襲撃者の一人らしい男が窓硝子の砕けた破片を纏いながら土 手を転げて落ちて行く。彼らに牙を剥いているのは、目に当たる位置に一筋の切れ込みが入った面をつけた異様な風 体の別の人物たちであった。
ーーああ、そうか……
餌である自分に食いついて来たなら、その獲物を仕留めるのは一体誰であるのか。
金烏が選んだのは親衛隊の第一大隊でもない、カゲトラやナナキでもない。
逆らう者はその影を奪われ黄泉へと追われるーー蟻の子一匹たりとて逃しはしない、生粋の狩人にして暗殺者である影盗人であったのだ。
→続く
スポンサードリンク