腰に佩いていた測定器で取り敢えずは有害物質の濃度や含有量を確認してから、手持ちの籠に放り込んで行く。
最近では、こうした命知らずの界隈も随分人が少なくなった。
労力の割に得られる収入がハナクソほどでは、強盗でもした方がマシと考えても仕方があるまい。現に玖街はその領域を広げ、捌須賀(はちすか)を飲み込み取り潰してしまうのも時間の問題だと言われている。悪化する下層区画の治安など知ったことか、塵芥(ゴミ)同士で潰し合えばいい、とでも思っているのだろう軍部は、取り締まる気もさらさらないのに違いない。
ーー何のための誰のための武力だ、一体……
憤りを噛み砕いて飲み込み、黙々と作業を続けて行く。怒りも苛立ちも当の昔にその熱を潜めた。いくら拳を突き上げたところで、声の限りに訴えたところで、この世界の理不尽さは変わりなどしない。
最初から、選べない産まれ落ちた地点から何もかもが決まっているのだ。
目の前にあるものは聳え立つ高い壁ではない。深く遠い断絶だ。
ーーそれでも貴方なら……あいつなら、跳んで越えようなんて馬鹿な真似をするんだろうか?
ふと、分かれ道で左に曲がろうとしたタツオミは、全身を貫いたゾッとするほど冷たい何かに足を竦めて踏み留まった。本能の警告だ。が、何度も襲撃を受けたことのある進化系生物が発する威嚇ないし、獲物を畏怖させるための気ではない。
もっと鋭い悪意に満ちたーー殺意と呼ぶにはあまりにも無機質な害意。
気づかれぬように、壁に出来るだけ身を寄せて通路を覗き込む。そのすぐ先に相手の鼻先がありはしないか、とどっと噴き出す冷や汗を懸命に堪えながら見遣った先、五つほどの人影が透鏡(レンズ)越しの視界を音もなく通り過ぎた。
思わず呼吸と鼓動が止まりそうになる。
ーーか……影盗人!! 何でこんなところに……
闇と同化したぴたりとした衣装、不気味に浮かび上がるのっぺりと個性のない仮面。ヒノモト帝国民なら子供時分に『ちゃんと言うことを聞かないと、影盗人に影を取られちまうよ』と口酸っぱく言われたであろうーー都市伝説の怪異のような、総督閣下直属の暗殺部隊である。
ーーヤバい……呼吸を沈めろ、気配を消せ……俺は廃材だ!!
実際に目にした者がいないのは、目にした者が全員死体になっているからだ。見つかれば理由があろうとなかろうと、ここで汚物の一部になって死ぬ。
一体どのくらいそうして身を潜ませていただろうか? 酸素量を報せる貯蔵庫の警告振動にはっと我に返り、タツオミは急いでその場を後にした。収穫は殆んどなかったが、命があっただけ儲けものだ。外に出て廃煙臭い空気を吸って、ようやく人心地つく。
「…………あの奥…………」
彼らは爆心地の方に向かっていた。
軍部は、この国は、先の戦争を詳しくは語らない。行く末を担う我らに任せよ、とこれからのことを語らない。
一体何が起きたのか。
一体何が起きるのか。
タツオミにはそれが、何やら不吉な前兆のように思えて仕方がなかった。
→続く
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