「…………」
血の滲むようなその言葉は、紛れもなく魔導人形の本音なのだろう。
ーーヒトを殺せと造られて……
用済みになれば捨てられて。
ヒトと変わらぬ知性と感情を与えたのはヒトなのに。〈魔導人形〉はヒトではない。〈機械化歩兵〉はヒトだったもの。
ーーその生命(いのち)は誰のものだってんだ……?
「言っただろう……退かねえ。こんなとこで蹴躓いてたら、笑われちまうからなぁ」
ーー俺とお前の何が違うんだ……
ぴり、と糸の張り詰めたような空気を崩したのは、微かな排出音だった。
消音器(サイレンサー)で掻き消されていても、閃光の鋭敏な聴覚は違えることなくその音を拾う。それは可聴域の広い魔導人形も例外ではない。どちらかと言えばこちらを狙って放たれたのであろう弾丸は、二人の間を割るように穿たれた。振り向いて見やるまでもない。増援だ。
「何をぼやぼやしている!? さっさとそいつを捕まえろ!!」
「『渡れ、帷(とばり)の眼(まなこ)と嘆き。奔る怒りの鉾、天素の……』」
リーダーらしい男の恫喝に、魔導人形が咄嗟に〈魔法術〉式を展開しようと詠唱を紡ぐ。その独特の韻と響きの意味を理解出来たのは、恐らくこの場で閃光ただ一人だった。
ーー電撃系……麻痺させようってか!
下ろしていた銃口を向けたのは、魔導人形でも増援部隊でもなく、天井。社長室に侵入出来ていなかったのは却って幸いだった。
「…………っ、」
ぶしゃああああっ!!
銃声から一拍遅れて降り注いだスプリンクラーの散水に、男たちも仰天したらしい。弾丸がほんの数センチ手前を掠めて散った火花に、上手いこと反応してくれたようだ。
まさかこんな程度で不具合を起こすようなポンコツではないだろうが、そのまま術式を放てば発生源である彼自身も無事ではすまない。無論、ずぶ濡れになった同僚たちも。
「時間切れだ……気負って派手な予告状とか出しとかなくてよかったぜ。お前の忠告に従って、今日のところは退いとくよ」
本意ではなかったが、この人数を魔導人形を相手にしながら捌くのはさすがに愚かと言うものだ。引き際を間違えてはならない。今ここでの最悪の選択は死、並びに捕獲されて身動きが取れなくなることだ。それ以外はどうでもいい。
想定外がいくつもあった以上、計画は再考すべきである。
無理が通らぬ、と判断してからの閃光は早い。
スプリンクラーの水量が衰えて男たちの視界が復活するより先に、踵を返して侵入して来た排気口へ向けて三角跳びで壁伝いに跳躍する。その規格外の瞬発力と筋力はらくらくと身体を持ち上げ、指先が天井に空いたままの枠縁を掴んだかと思うと、瞬く間に上部の闇に少年の姿を吸い込んでしまった。
「俺は怪盗バレットだ! また来るぜ!」
「…………」
握ったままだった銃の引き金を引いていれば、もしかしたら無防備なその背中へ、弾丸の牙を突き立てられたかもしれない。
けれど、魔導人形はそうしなかった。
あまりにも鮮やかな身のこなしに『呆気にとられてしまった』のだ。ついぞ戦場でも覚えたことのない奇妙な感覚に、思わず笑みをこぼしそうになる。
ーーよくもまあ……あんな機動性の悪いスーツなんかであれだけ動けるものだな……
おおよそ命のやり取りをする場に相応しい格好ではない。身軽と言えば身軽だが、防御も装備のへったくれもありはしないではないか。
彼にとってはデスクに着いて行うのと、何ら変わりのない『仕事』と言う訳か。
ーーあの子、使わなかった(強調)……面白いなぁ……
殺さずに真っ向からでは勝てないと悟ってもなお、その紅い双眸は力を失うどころか、ますます燃え盛る炎を宿したように見えた。その気になれば、こちらを容易く蹂躙するだけの力を持ちながら。
あんな人間に逢うのは初めてだった。
宣言通りにまた、再チャレンジしに来ればいいとすら思った。
けれど、それで納得出来るのは魔導人形自身だけだ。定位置に戻ろうと振り向いたところ、乱暴に胸倉を掴み挙げられる。そのまま絞め殺してしまわんばかりの勢いでこちらを睨みつけたのは、無論、隊の責任者であるエドガー・マッケンジーだった。
「貴様、何故追わなかった!? おめおめと取り逃がしやがって……!!」
歴戦の部隊員でも震え上がるエドガーの大喝に、けれど魔導人形は眉一つ動かすことなく淡々と答える。
「私は『ここへ侵入しようとする者は、例え羽虫でも一匹残らず殺せ』と命じられていますが、侵入者が逃走した場合追え、とは言われていません」
「ぐ……っ、屁理屈を……」
自ら思考し、命令されたことを柔軟に解釈対応出来る魔導人形であれば、こうした場合どう『処理』するのがベストか、と言うのは当然考慮出来たはずだ。侵入させない、ではなく二度と来させない、そのためには重傷以上のダメージを与えることが必須だ。逃げ仰せた輩は、必ずもう一度ここを狙って来る。
少なくともここ最近、侵入しようと試みた三人はこの魔導人形に心臓を撃ち抜かれて死んでいるのだ。出来ないほど手練であったようには思えない。
ーーこいつ、まさかわざと逃したんじゃ……
ちらりと過ぎった疑惑を噛み締めながら、エドガーはそれより先にやらねばならないことを優先する。人間ではない彼に、万に一つもない危惧など抱くだけ無駄だ。
「今のクソガキを追え!! 生かしてこの建物から出すな!」
「了解(ラジャー)!」
そんな命令は時既に遅しだろうと思いつつ、先に走り出した部下の背中を追って走り出した。軍隊時代から自分を慕って着いて来てくれた数名以外、ましてやヒトですらない魔導人形は仲間ではない。
ぽつりと佇んだままこちらを見やる彼の視線を感じながらも、エドガーは振り向くことなどしなかった。
* * *
→続く
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