テヘペロ! と言う効果音をそのまま体現したかのような軽薄な口調と言葉でそう謝罪するスワロウテイルに、心の中で数十発の鉛弾を浴びせてやってから、閃光は静かに煙草をくわえた。
「じゃあ、やれ。すぐやれ。今すぐだ。こいつが何者か五秒で教えろ」
情報屋の連絡先へ、数枚の画像データを送りつける。サングラスのレンズで録画していた数分間からピックアップした魔導人形の写っているものだ。対戦中の動画は荒れまくっていてとても見られたものではなかったが、最後に見据えた数秒の真正面はそれなりに鮮明に彼の姿を捉えていた。
「あは、どさくさ紛れに盗撮なんて、二代目の坊っちゃんも隅に置けない……んー、あんまりボク様の好みじゃないかなぁ」
「うるせえ、知るか」
このサングラスも腕時計も誠十郎が現役時代に使っていたものらしいのだが、成程己の力だけではつくづく何も成せないのだと思い知らされる。何とかやれる、と思っていた甘さを突きつけられたようで、いかに今まで彼が自分を庇護してくれていたかを痛感した。
人間社会の中で生きて行く、と言うことはあれこれ考えていた以上に難しい。ヒトと共に生きて行く、と言うことは今までのどれとも閃光にとっては違うものだ。
『全部一人でやろうとしなくていい。出来ないことは誰か他の人に任せていいんだ。頼っていいんだ』
手を貸してもらう、と言う行為に慣れなければ。
そんな葛藤とも逡巡ともつかないものを、心中でぐるぐるしていたものの一分も待たない内に、スワロウテイルは返事のデータを投げて寄越した。
「一月ちょっと前、闇オークションに出品された経歴があった。彼自身かどうかは個体識別番号の照合が出来ないから何とも言えないけど、そう数がある型じゃない。ほぼ間違いないと思うよ」
〈大戦〉末期ーー〈魔導人形〉の後期型として実質最後の型番となったRok―1型。
主に要人暗殺や軍内部からの破壊工作や諜報活動、陽動作戦などを任務としており、単体での戦闘能力もさることながら、無論〈魔法術〉も高度なものが使えるように設計されている。そして何よりも特筆すべきは、その人間の中に紛れ込む擬態能力の高さであり、他者と容易く信頼関係を築くコミュニケーション能力の高さだ。
ーーそれであの会話と態度……
疑われずに信頼を勝ち取るーーヒトでも高度な人心掌握に長けていながら、決して深く記憶に残らないように振る舞う独特のスタンス。他人の敵意や害意には敏感な閃光を持ってしてもなお、相対している間すらそれらを殆んど感じられなかった。
ジジ……っ、と消費された灰が身動ぎをする音。
登録された個体は三十だ。その内〈大戦〉中に破壊されたのが六、〈文化改革〉で廃棄されたのが二十三、所在不明が一。仮に未登録のものが流出したとしても、そもそも牌が絶対的に稀少と言う訳である。
「皮肉なもんだな……廃棄された数の方が圧倒的じゃねえか」
「まぁ……何と言うか、よくも悪くも彼らはエゴの象徴だよねぇ」
苦笑するような機械合成音声。
ひらりと中空で身を翻し、スワロウテイルは揶揄するようにこちらの鼻先を舞った。
「とにもかくにも、彼を相手取るのはさすがの君も難しいんじゃない? 内からじゃなくて外から侵入(はい)れないの?」
「社長室は一丁前に防弾ガラスなんだよ。耐震補正とかも考えると、俺の銃でも一発二発で割るのは無理だ。かと言って、もたもたしてたら警備室から他の奴らも飛んで来る。どの道変わらねえよ」
ただ一つ外から侵入方法があるとすれば、閃光の〈魔法術〉で窓を焼き割る手段だが、そんな微調整が出来る腕前はない。火災報知器などが作動してどの道バレるだろう。
誠十郎から諸々学ぶ際、閃光は己の能力を制御する術を敢えて訊かなかった。〈魔法術〉を否定し、〈魔晶石〉を全て葬ろうとしている自分が、その能力を使おうと言うのは、虫がいい気がしたからだ。何より上手く扱えるようになったとしても、それは閃光にとって背負うべきーー消せない罪の象徴であることに変わりはない。
『お前がヒトとして生きるためには……確かに使えない方がいいかもしれんな。下手に知ると、いざと言う時頼りにする。最後の手段に縋る。それはお前にとって致命的なものになりかねん』
こちらの気持ちを汲んでそう言ってくれた養父は、その知識を余すところなく伝えてくれた上でそれでもこう続けた。
『もしそれでも……どうしてもお前がその力を使わねばならない時、〈魔法術〉式はお前の血に宿っていることを覚えておくといい。それだけでも随分違うはずだ』
ーーまあ、あの時はまさか血にマナが含まれてるなんざ、思いもしなかったけどな……
とは言え、潜った修羅場の数は間違いなく向こうの方が遥かに上だ。殺すことが日常動作の一つであった者と、殺さないように戦って来た者とでは、基本的な戦闘力云々以前の埋められない覚悟の差がある。
「ええ……でもさぁ、核がどこにあるか解らないんじゃあ、後期型〈魔導人形〉は止められないじゃん? 他はともかく、それをどうにかしないと……」
「…………スワロウテイル、一つ訊いていいか?」
「何なにー? あ、スリーサイズはヒ・ミ・ツ♪」
「黙れ、微塵も興味ねえわ。そんなことじゃなくて、魔導人形ってのは……その、人格が、己の意思があるものなのか?」
「酷(ひっど)いなぁ、もう! うーん……意思って言っていいものなのかは、微妙なところだけどねぇ……いくつかの性格行動パターンは予めインストールされてるし、模倣(モデルに)した人物の思考回路を記憶してたりはすると思うけど……そう言っちゃうとヒトだって、誰の何の影響も受けずに個性が定まる訳じゃないからね」
本来は人間であった者を強化するために鋼の身体へ人格データを移植する〈機械化歩兵(サイバー)〉とは異なり、〈魔導人形(オートマータ)〉は元から全てが機械である。どれほど生体に近づけようと極小機械の細胞はヒトとは異なるし、どれほど精密にプログラミングされていようと、彼らが話す言葉は人工知能が吐き出すプロトコルでしかない。
高度な擬態能力を持つ後期型〈魔導人形〉ともなれば、同期適合の過程で一切の感情や情緒が削ぎ落とされてしまうらしい〈機械化歩兵〉よりも、余程人間味のある対応が出来るものだが、双方いずれにしても行動の基盤となるものは契約者との間に結ばれる、絶対服従の命令事項であることに変わりはない。
三原則ーーと呼ばれるそれらの〈魔法術〉式は、存在理由と言っても過言ではない、彼らの本能のようなものだ。
その上で提示された命令をいかに卒なくこなすか、最適解のために臨機応変に思考を変更し、取捨選択することがあったとしても、終着点は結論は任務の達成の他ありはしないのだ。
自らを否定してまで何かを貫く、そんな自殺願望のような行動を取るはずがない。
ーーだから、やっぱりあいつが俺をなるべく殺すまいとした行動はおかしい……
もしかしたら、閃光の前に侵入したはずの人物たちにも同じように警告したのかもしれないが(それを普通の人間が押し通ろうとしたのなら、結果的に殺されてしまうのが当然の結果とも言える)、どちらにせよ命令違反ぎりぎりの危うい行動である。
『退いてください、貴方を殺したくない』
その切なる願いは何故紡がれたのだろう?
「…………」
「…………何か攻略方法ありそうだね?」
「さあな……せいぜい殺されないように祈っといてくれよ」
嘯いて閃光は通信を切った。
期限まで制限時間は折り返しに入っている。次に失敗したらアウトだ。
ーーもし、あいつが今の任務を嫌がってるなら……
最後の一吸いを吐き出して、短くなった煙草を灰皿に押しつけた。
ーーあいつも俺が貰っちまおう……
* * *
→続く
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