「嫌なこった」
「空手、テコンドー、ムエタイ、ボクシング、ジークンドー……どれとも違う型ですね。敢えて言うならアメリヤの軍隊格闘……にしても、我流が強過ぎる。お若いのに、随分場数を踏んでいらっしゃるようだ。しかも、喧嘩ではなく命のやり取りの」
「ろくな生き方してねえもんで」
青年の間合いーー彼が入るなと警告するラインぎりぎりでその歩みを止めると、閃光はぷっ! と遠慮なく火のついたままの煙草を吐き捨てる。正確に目を狙うのはさすがに難しい。しかし、摂氏八〇〇度の高温はどこに当たろうと危険だ、誰もが避けようと大きく仰け反る。ところが、青年は想定とは違う反応を見せた。
火種に触れるのを躊躇せず手刀で叩き落とし、翻った手首は勢いを殺さないまま、こちらの眼前に突き出される。
「成程、確かに。人の顔に躊躇なく何かを吐くとは、些か行儀がよろしくない」
「…………っ!」
咄嗟に後退ではなく、顎を引いて額で一撃を受ける姿勢を取る。仰け反れば、己の急所を青年に全て晒す形になってしまうのを、無意識に避けようとしたためだろう。そして同時に、彼の視界を塞ぐ形を取ったことで、死角で二丁めの安全装置を外す。
「退いてくれ」
銃口を向けたのは、青年の右足親指。体重を支える要を狙い違わず撃ち抜いた。が、弾丸は肉を骨を抉る寸前で停止している。まるで見えない壁に阻まれているかのようなーー超局所的な蒼い光が視界の端を焼く。
ーーこいつ……さっきは見えなかったが、やっぱり〈魔法術〉使いやがった……!!
軌道を捻じ曲げられて明後日の方向にすっ飛んで行く弾丸を、目で追っている暇はない。迎撃を避けざまに後退して距離を取る。
武器やアイテムもなく、生身のまま〈魔法術〉を使える存在を、閃光は二つしか知らない。
〈大戦〉後〈文化改革〉で全て廃棄されたはずの『負の遺産』ーー戦争責任の片棒を担がされた〈魔導人形(オートマータ)〉と〈機械化歩兵(サイバー)〉だ。無論、本当に全ての個体が正直に廃棄されたはずもなく、裏社会に身を置く間に、閃光自身稼働しているものも含めて何度か目にして来た。
ーー機動力と魔力の高さを鑑みれば、多分こいつは〈魔導人形〉の方だ……だが、この術式展開の速さ、緻密さ、後期型か……
戦闘特化型であるなら、正面切って相手取るのは賢くない。閃光は〈魔法術〉を使えない(強調)からだ。〈魔導人形〉を一時的とは言え停止させるためには、核となる〈魔晶石〉を破壊してマナの流れを絶ち術式の実行を阻むか、エネルギー源であるマナを稼働出来ない段階まで枯渇させるしかない。
しかし、より人間らしさを追及した後期型の〈魔導人形〉は、巧妙に隠されたその位置が各個体で異なる。この目の前の彼の核がどこにあるかを呑気に検証していたら、命がいくつあっても足りない。
ーーどうする……!?
が、不用意に踏み込まなければしかけて来る気配のない魔導人形。閃光が下がれば、銃口は降ろされる。
その言葉通り、一定ライン以上のことに干渉する気がないのか、普通であれば『侵入者は全員殺せ』と言われるものではないのかと勘ぐるも、もしそれが彼の判断であるならば、恐らくこの状況は望んでのものではないのだろう。
→続く
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