ーー今は虚を突けたから数秒の空白(ブランク)があった……多分本来ならお前、コンマ数秒で治して来るだろ?
ただ、得物を奪えたのは重畳だった。
詠唱を必要としないような単純な〈魔法術〉式は、確かに普通の人間にとっては脅威だろう。けれど純粋なエネルギー移動や化学変化のような運動であっても、何かしらの干渉を行えばマナの動きが見える閃光は、その発動のタイミングが解る。
そこを遮るスピードがこちらにあることは解っている以上、魔導人形はそうそう〈魔法術〉を使わないはずだ。
彼は後ろ腰に装着していた鞘から、コンバットナイフを引き抜いた。呼吸も予備動作も読みにくいこちらの方が、懐に飛び込まれたら厄介だ。
ーーまあ、当然スペアの得物もあるわな……
ひゅん、と刃が空気を切り裂いて迫る。
彼の狙いは明らかだ。急所ではなく閃光の手をーー正確に言うならば、引き金を引く指を狙っている。その後の盗みにも多大な影響を及ぼす、と計算してのことだろう。けれどやはり、『殺しに来ている』訳ではない。
距離を取りながら、無駄と解っても撃ち続ける。小型パルスジャマーで赤外線センサーは眠っているし、防犯カメラは支配下に置いた。しかし、この騒ぎを聞きつけていつ増援が来るかは解らない。
弾丸を躱し、あるいは〈魔法術〉で弾いて来る魔導人形の一撃を、銃把の底であるいは掌で受け止め、捌き、攻防が錯綜する。
「どうして、また来たんですか?」
「言ったろ、退けない理由がある。こっちも仕事だ……信頼得なきゃ困るんだよ」
「それは命よりも大事だ、と?」
「ヒトは飯だけじゃ生きてけねえからな」
立ち位置を入れ替えるように刺突を躱しざま、引き金を引いた。が、完全に背後から頭部を狙っても、〈魔法術〉の障壁は刹那の隙も見せずに対応して来る。
ーーこりゃ、常時発動型の術式か……? やっぱ無理だな、当たらねえ……
空薬莢を排出、再装填の時間コンマ七秒。
その絶対的かつどうにも避けようのない一瞬を魔導人形は見逃さない。蛇のようにするりと伸びた腕が、適確に襟を掴み容赦なく閃光の体躯を背負い投げた。
咄嗟に受け身を取ったものの、凄まじい衝撃が全身を襲う。強制的に吐き出させられた酸素に息が詰まる。前回のようにぶっ飛ばさずに押さえ込んだのは、そうしなければ何度でもこちらが立ち上がることを理解しているからだろう。
けれど、閃光とて何も得ずに投げられた訳ではない。
二つの銃口が寸分違わず、魔導人形の両目を狙っている。
「…………っ、」
「お前の核はその双眸(め)だろう」
確信の口調で閃光は言う。
「他のどこを攻撃しても、お前は躱すか〈魔法術〉の障壁で凌いだ。だが顔面狙った煙草は手で払い除けたよな? それこそ弾丸より遅いものだ。お前の〈術〉が間に合わない訳がない」
「それは、つい反射的に……」
「いいや、違うね。お前は本能的に『万が一』も起こらないように防いだんだ。それだけの高度な〈術〉式が走ってやがんだ……もしかしたら、核に傷がついただけでも、その絶妙なバランスは崩れるかもしれない」
「…………」
「そしてもし、煙草に何か……例えば爆発物が仕込んであったら? 対応出来なかった場合の危険を捨て切れずに、お前は手で払い除けたんだ」
「頭部を守るのは、『ヒトとして』当たり前の防御姿勢でしょう」
「それなら後ろからの攻撃も心臓も腹も守る。ヒトは欠損せずとも深手を負っただけで死ぬからな。もし何かあっても即座に自動修復するお前とは違う。だから俺の勘は、そこがお前の致命部分だと言った。少なくともすぐにダメージをなかったことには出来ない、と。そして俺は」
ちきり、と回る弾倉。
「それを疑ったことはねえ」
「…………当たりませんよ」
「ただの弾丸じゃねえかもよ?」
「それでも、当たりませんよ……指をもらいます。殺せ、と言われてますが……貴方にはそれで充分致命傷だ」
魔導人形の掌中でくるり、とナイフが逆手に握られる。照明を反射して禍々しい光を放つそれは、あまりにも獰猛で凶暴だった。
喉元を捉えられ、押さえ込まれてなお閃光は掲げた銃口を降ろさない。いかなヒト離れした筋力を誇ろうとも、彼を跳ね退けることは叶わないにも関わらず。サングラス越し、逸らすことなく向けた眼差しで、不敵な笑みを浮かべ真っ直ぐに魔導人形を貫く。
「もらうのは俺の方だ。〈在りし日〉だけじゃねえ、お前も一緒にもらって行く。くだらねえことに身体張るのはやめにしようぜ。そんな風に生きるのは、死んでるのと変わらねえ」
不意にぱたた、と何かの雫が頬を穿ったことに、閃光は驚きで僅かに双眸を丸くした。
〈魔導人形〉はどれほど人間に近づけて作られていても、激しい運動をしたところで汗をかかない。傷を負っても血を流さない。普通のロボットとも違うため、オイルや何やらが漏れ出すこともない。彼らを構成する部品は、一ミリたりとも液体の部分が存在しないのだ。
それなのに、今自分を組み敷いて手にしたナイフの切っ先を突き立てようとしている彼の双眸からは、涙のような何かが溢れ出している。
「…………」
躊躇などする機能はついていない。
ましてや彼は戦闘特化型の後期〈魔導人形〉だ。自律した思考回路を持つとは言え、主人の命令以上に絶対的なものはない。
ない、はずだ。
が、実際にはナイフを振り下ろそうと腕の筋肉が力を込める度に、まるで傍らに別の何者かがいてその手首を掴んでいるかのように、不自然に動きが停止する。
魔導人形自身もそれに戸惑い、どうにか疑問を解決しようとしているのか、己の不具合を推してなお命令を実行しようとしているのか、ぼろぼろと泣いているかのような顔で何度もこちらを刺そうとする様は、ひどく哀れで滑稽だった。
「くそ……っ、どうして……」
きっと彼には解らない。
そんな時の対処方法など、いくら己の内を探したところでどこにも記述はないだろう。
ヒトよりも人間らしくあれ、と作られた彼らは、
自我を持ち、ある程度の感情を理解し模倣出来る彼らは、
ーーそれでもヒトじゃねえ、って言い切るのは何か違う気がする……
ゴトン、と得物を離した手を伸ばして、閃光は魔導人形の頬を伝う雫を粗雑な仕草で拭ってやった。
「そうか、お前は……」
まさかそんなことをされるとは思ってもみなかったのか、魔導人形はびくりと全身を強張らせる。
「な……っ、」
「お前はやっぱり人を傷つけたくはないんだな。例え、死に至るほどのものじゃなくても」
→続く