けたたましく咆哮するマシンガン、派手なマズルフラッシュと硝煙を、しかし魔導人形が展開した〈魔法術〉がことごとく阻み、あるいは弾き、防御して閃光には届かせない。
その間に、防弾のはずの窓ガラスを閃光の銃が一発で撃ち抜き大きな罅を刻み込む。蹴りつければ派手な音と共にその破片が夜空へ降り注いだ。
「〈魔導人形〉……貴様、裏切ったな!?」
「違えよ。こいつも『ついで』にもらって行くんだ。悪いな、俺ぁジジイと違って手癖がよくねえもんでよ。欲しいものは遠慮しねえ主義なんだ」
吠える凶器に不敵な笑みを叩きつけて、じゃあなと宙空に身を踊らせる。
「バレット!! 〈魔導人形〉!! 戻れ、今ならジェフリー様に取り成して……」
「さようなら」
にこやかな表情で、魔導人形は躊躇なく閃光に続いて床を蹴った。なけなしの追撃がいくつか飛んで来るが、きちんと照準を合わせたものではない格好だけの威嚇が当たるはずもない。
今頃慌てて部隊を下に向かわせているのだろうが、閃光が馬鹿正直にそんなところを通るはずもなかった。
体重差で瞬く間に先行していた閃光に追いつくと、伸ばした腕をしっかり掴んでくれる。
耳元で轟々と唸る風。
「それで、これからどうするんですか!?」
「お前ならこう言う時どうすんだ?」
このまま何もしなければ、数十秒後にはアスファルトに叩きつけられて無残な挽き肉(ミンチ)になってしまうと言うのに、閃光は面白がるように挑戦的な笑みを投げかけて来る。例えばらばらになっても再生出来る自分とは違うはずなのに、その好奇心いっぱいの眼差しは、自分の『知らないこと』を知りたいと欲する貪欲さに満ちていた。
「重力制御の術式と落下速度抑制の術式を、二重展開します」
「成程、ゆっくり降りるってことか……だけどそれじゃあ、下で待ち構えてる連中にダイブすることになっちまう。魔導人形っつっても飛行出来る訳じゃねえのか」
「推進力の方向転換と、エネルギーの出力変換を行えば可能ですが、貴方を抱えては飛べません」
「じゃあ、俺のやり方。初体験でビビって泣くなよ。掴まれ!!」
「残念ながら、私は恐怖を感じると言うことがありませんので、ご期待には添えかねます」
「言葉のあやだろ!!」
閃光が右手首の腕時計のどこかしらのボタンを押す。その瞬間、勢いよく射出されたワイヤーが狙い通りに街灯へ絡みつき、振り子の要領でぐわりと二人の身体を反対の通りまで放り投げた。急降下からの振り回される感覚に、普通なら三半規管が悲鳴を上げることだろう。もしくは、命綱も固定バーもない猛スピードの負荷に、物理的に叫んでしまうものか。
タイミングを見計らって切り離したワイヤーから解放され、計算通りにか別のビルの屋上へと辿り着く。全身の筋肉の爆発的な瞬発力と類稀な身体能力、それらに裏打ちされた底抜けの度胸があって、初めて出来る無謀な逃走だ。
フェンス越しに右往左往している眼下を見つめながら、閃光はふーと満足げに紫煙を吐き出した。
「あいつら散ったら降りるぞ。ちょっと先に車停めてある」
「はい」
色とりどりのネオンと、それを腐蝕するようなビルから響く警報音。きっと今頃かつてない騒ぎになっているだろう。
数日巣であった場所を遠く離れた場所から目にしても、魔導人形はどうと言う感慨も覚えなかった。あれは自分の居場所ではなく、それまでと変わりない檻だったのだ。
探索のためにヘリを飛ばしたのだろう、バラバラと言う派手なローター音を聴覚センサーが捉える。しかし、それより先に踵を返していた閃光の背中に続き、振り返ることはしなかった。
* * *
→続く