2.

     いくつかの踏み台サーバーを経由して、とあるサイトにアクセスする。アドレスは紹介制故に、それなりの人間にしか知らされていない。
     それを閃光が知っているのは無論、誠十郎が使っていた痕跡を『見つけた』からだ。当然、その扉を開ける『鍵』も手に入れている。
     そしてある意味、これは閃光にとって初めての挑戦だと言っても過言ではなかった。
     養父から叩き込まれた技術を、第三者に試す最初の機会ーー世界一の情報屋スワロウテイル相手にそれをやろうと言うのだから、我ながら身の程知らずだ、と閃光は自嘲しながら画面をタップする。
     とーー
    「取り敢えずは初めまして、でいいのかな!? 二代目の坊っちゃん、初めましてー! あっれー、全然元気が足りないぞー!? もっしもーし、聞こえてるかな? もう一度、はっじめましてー! ………………まあ、いいや。一先ず新生活のスタートおめでとう、思ったよりも随分早かったね。調子はどうだぃ?」
     携帯端末からアクセスコードとパスワードを打ち込んで、コンタクトを図ること、ものの〇、〇三秒。まるで、こちらが連絡することが予め解っていたかのような素早さで繋がった回線の向こうから飛び出して来たのは、捲し立てるようなマシンガントークの機械合成音声だった。
     第一声の勢いを聞いて咄嗟に耳から携帯端末を放していたものの、割れんばかりのボリュームに鼓膜が軽くハウリングしている。
    ーーそれにしても……
    「いきなり何じゃ、スワロウテイル。二代目の坊っちゃん? 一体誰と間違うておるんかの。久し振り過ぎて忘れられてしもうたか」
     生前誠十郎の希望で、彼の死はどこにも公表していない。それを抜きにしても、マザーシステムのメガデータバンクに、その戸籍データは存在していなかった。
     諜報部員であった経歴のためなのか、戦後引退時に抹消されたのか定かではないものの、養父もまた閃光と同じ『存在しない存在』だった。故に閃光が後を継いだ、とは言えこのアカウントは勝手に引き取っただけだから、書類上システム上何か変更があった訳ではない。
     こちらのアバターホログラフィーはそのまま『怪盗バレット』の狼の紋章である。
     一体この情報屋は何を持ってして、こちらの中身が誠十郎ではなく閃光であると決定づけたのかーー否、そんなことは「どうでもいい」。
     目の前をひらひらと小馬鹿にするように舞ってみせる揚羽蝶のホログラフィーは、閃光の鼻先でくるりと身体を捻って耳障りな笑い声を上げた。
    「イイねイイね、気に入ったよ二代目の坊っちゃん! 流石に旦那が仕込んだだけあるよ! 『声紋』『抑揚』『口調』に『言葉遣い』完全一致、普通なら気づかない!! その強気な返しが男前! そこに痺れる憧れるぅっ!」
    ーーこいつ……
     ぎり、と端末を真っ二つにへし折らんばかりの苛立ちと怒気が伝わった訳でもなかろうが、
    「あーあー、怒らないで聞いてよ。ボク様はただ旦那から予め連絡貰ってただーけ。『次にこの垢からコンタクトがあったら、わしの後継だからよろしくしてやってくれ』ってさ」
    「…………んだよ、完全にお膳立てされてんじゃねえか」
     閃光がこうした選択をするだろうことを、誠十郎が想定していたことに驚きはしなかったが、舌打ちと共に思わずそうこぼすと、ケラケラと笑いながらスワロウテイルはなおも戯言を吐き続ける。
    「まあまあ、使えるものはハナクソでも使わなきゃ。生き馬の目を抜く裏社会じゃ、カードはたくさんあった方がいいよ。しかもボク様みたいなとっておきの強力な切札(ジョーカー)は、ね。んふふ……それにしてもそっちの地声の方がソソるじゃん、ちょっと濡れた」
    「……対面じゃなくてよかったな、テメーの顔にもう一個穴が増えるとこだったぜ」
    「それにしても、旦那おっ死んじゃったんだねぇ……残念。歴代三本指には入る推しだったんだけどなぁ」
    「……………」
     心なしかほんの少しだけトーンが落ちる。けれど何と返せばいいのか解らず、閃光は煙草をくわえて火をつけた。ゆっくりと紫煙が中空に溶けて行く。
     たった今初めて会話したばかりの回線向こうの相手と、誠十郎の想い出を共有するでもあるまい。
    「で?」
     しかし、情報屋の復活は一瞬で、悼む空気は瞬く間に振り払われた。
    「放っておけばいいものを、眠らせて二度と起こさなくてもいいものを、わざわざ突ついて使おうってからには、二代目の坊っちゃんも興味本位でこっちの世界に首を突っ込むつもりじゃないだろう? いや、元々こっち側の住人なのかな? ともかくボク様に連絡を寄越したってことは、これから一体全体何をするつもりなんだーぃ?」


    →続く