3.

     ニヤニヤと面白がるような笑みが透けて見える。蝶は笑わないはずなのに。
     どこまで信用して話してもいいものだろう? 手の内を晒け出すにはあまりにも、スワロウテイルについて閃光は何も知らなさ過ぎた。例え誠十郎が贔屓にしていた相手であろうと、自分自身が同じように宛にする必要はない。先程彼が先制攻撃のジャブを繰り出して試したように、先代と同じだけの信用に足る関係が築けるか否かは、また別の話だ。
    『信用されたいなら、お前がまずは信用しなきゃならん』
     そう繰り返した誠十郎は、こちらの嗅覚をどのくらい正確だと考えていただろう?
    「〈魔晶石〉についての情報が欲しい。今お前が掴んでる限りの所在を、ありったけ」
    「〈魔晶石〉、ね……何でまた?」
     引退するまで、養父は〈大戦〉中大国同士の衝突による人類滅亡を防ごうと尽力した。
     その意思は所属組織であった〈パライソ〉が〈世界政府〉としてそのまま執行し、〈文化改革〉によって殆んどの〈魔晶石〉はその知識は根刮ぎ処分され、闇に葬られた。
     だがしかし、あらゆる日用品にまで及ぶほど凄まじい汎用性を誇り、生活になくてはならないものとして根づいていた代物を、一大インフラエネルギーを一つ残らず摘発することは物理的に不可能だ。人間は一度手に入れた便利さを、自分の意思で完全に手放せるほど殊勝に出来てはいない。自動車や飛行機然り、電気然り、ネットワーク然り。科学的技術がほぼ補完し置き換わっていると言っても過言ではないが、決して及ばない領域は確実に存在するのである。
     けれど表向きには消されたそれに『今』正確にどのくらいの価値があるかと問われると、それは時と場合によるだろう。
     そんな不確かなものを、特定の品ではなく〈魔晶石〉そのものを探す理由は、二つしかない。
     すなわち、そのものか世界の破壊か、だ。
    「俺が、ヒトでいるために」
     果たしてそれで一体何を理解したものか、ふーんと一人ごちてから、スワロウテイルは再度ひらりと身体を翻して閃光の目の前に浮遊する。
    「成程、いいよ解った。今手元にあるネタはすぐ送ろう。調べられるものも追って連絡する」
    「感謝する、ありがとう」
    「ただし、」
     鋭く念押しの言葉が続く。
    「生憎と、ボク様は情報屋だ。坊っちゃんに『くれ』と言われた情報は、目標物のケツ毛の数までつぶさに渡せるけど、その後〈魔晶石〉をどうするつもりだぃ? まさか売り払うつもりじゃないだろうけど、ボク様天才だから高価いよ? 今回は旦那の面目を立てて大幅に負けとくけど、それじゃあ今後の仕事にはならない。やりたいことをやるのと、それが稼げるかは別問題だ。まさか、一緒に引き継いだ表稼業の方から、都合しようなんて考えちゃいないだろうね?」
    「………………」
     具体的に考えていなかった部分をぐさりと鋭く指摘されて、閃光は思わず言葉に詰まった。
     今まで裏社会で生きていたとは言え、そうしたやり取りをなしたことがないから相場がよく解らない。誠十郎からは教わらなかった。
     『怪盗バレット』として訪れた先で、ついでに他の獲物も失敬して稼ぎを上げたところで誰から文句を言われる訳でもなかろうが、目標物以外に手を出すのは先代のポリシーに反する。
    「じゃあ、俺の腕を買いたい奴らに……」
    「募集をかけるの? 仮にも大怪盗と呼ばれた男が? 坊っちゃんが背負ってるのは、そんじょそこいらのぺらぺらな看板とは訳が違うんだよ? あと言っとくけど、ボク様仕事斡旋はしてないからね」
    「………………」
    「でもまあ、今回は初仕事ってことで出血大サービスしてあげちゃおう! 坊っちゃんとは出来れば今後も末永くお付き合いいたしたいしね……いくら大金積んででも、自分は危険を冒すことなく何かを手に入れたい連中は、腐るほどいる。そう言う奴らと実行部隊を繋ぐ仲介屋を紹介するよ」
     やや呆れたような口調ながらも、約束を果たさねばと言う義理立ての気持ちの方が勝ったのか、溜息と共にスワロウテイルはそう妥協してくれた。
    「……助かる」
    「あらゆる情報はあらゆる存在に平等である、って言うのがボク様のモットーだからね」
    「平等、ね……」
    「言っておくけど、危険度はどれもレベルマックス。のっけから殺されるなんて期待ハズレな真似はしないでよね。せいぜい派手に復活の狼煙を上げておくれよ」
     ばははーい、と素っ頓狂な挨拶を投げて、ホログラフィーの蝶がくるりと身を翻すと、それっきり通話は切れてしまっていた。げっそりと根こそぎ気力を持って行かれて、溜息と共に終話ボタンを押しかけたところで、今度は秒速でメールが叩きつけられる。
    ーーこいつ……
     閃光が苛立ちを堪らえながら起動させたそれには、携帯端末の番号と『HOWL』と言う店の名前らしき単語のみ記載されていた。


    →続く