21.

     そうして初めて得物を納めた閃光は、『怪盗バレット』として上々な滑り出しで活動をスタートさせた。分解し、何の効力もなくなった〈魔法術〉式については、言及されることはなかった。正しい手順を踏んでいないから効力が発動しないと見做されたのか、そもそも『持っていること』がステータスであるからかは解らない。
     取り敢えず最初の侵入失敗はノーカンと片目を瞑ってもらったことを抜きにしても、それなりにベテランだった先陣三組が失敗した難攻不落の城から、依頼された品のみならず肝心の警備増強の要である〈魔導人形〉まで盗み出したと言う話は、あらゆる方面から拍手喝采が上がったそうだ。
     これは強引な手腕であちこちに敵を抱えていたトイボックスが、鼻を明かされたのが愉快で堪らないと言う輩が多かったせいもあるだろう。
     何せよ『二代目の坊っちゃん』とは言え、ほぼ無名の十代が軍人崩れと強固なセキュリティーを見事に突破してみせたのだ。その身体能力やセンスが何に起因するものか誰も知らないにしろ、多くが無残な結末を想定していたのを引っくり返しての、華々しい鮮烈デビューである。
     その腕前と度胸を買われて、引く手数多になるまでそれほど時間はかからなかったが、閃光は頑として〈魔晶石〉関連以外の仕事には首を縦に振らずにいる。余計な獲物には見向きもしない。その職人気質なストイックさは信用に拍車をかけ、真偽問わず〈魔晶石〉の情報が届くようになったのは、一歩前進と言ってよかった。
     何しろ手がかり一つないところからのスタートだったのだ。
     どちらにせよ、盛り上がる周囲の賞賛などどこ吹く風と言わんばかりに、閃光は一貫して冷めた態度を貫いていた。
     謙遜、などと言う殊勝なものからではない。
     この矜持の高い少年にとって、初手は完全なる失敗で、命を拾えたのは運が良かったからだ、と言う事実に変わりはなかったからだ。
     もし誠十郎が存命であったならば、厳しく叱責されたか、いつまでも揶揄されたか、同情を含んだ眼差しで見つめられたか、とかく理由の如何を問わずついたバツは消してもらえなかっただろうと思っている。例え〈魔導人形〉と言う想定外のアクシデントがあったにしても、『普通の人間相手に負けるはずがない』と言う慢心が招いた結果だと言う、己の手で顔面に塗りたくった泥を拭わないまま教訓にして行くつもりだった。
     また、公私に渡って閃光のサポートに回ったロキは、〈魔導人形〉としてほぼ完成形とされた最新式であったことも幸いして、相棒片腕として実に見事な手腕を発揮している。
     学習したデータを独自に組み立て応用する思考回路はヒトを遥かに上回っていたし、今まで戦闘一辺倒だった人格を沈めてからは、穏やかで物腰も柔らかい対応のおかげで周囲にもあっと言う間に溶け込んだ。無愛想で他人を避けがちな閃光よりもよほど、違和感なく顔見知りを増やしているほどだ。
     そう言う訳で、トイボックスから連れて来てくれたのはいいものの、閃光がすぐにロキと打ち解けたかと言えば、決してそんなことはなかった。
     自ら『人付き合いが上手いつもりはない』と公言した通り、相方として信頼はしてくれているらしいが、ロキからすれば何となく距離は遠いままなように感じる。例えるならそれは、互いに銃を突きつけ合っているかのようなひりついたーー踏み込ませない一線、一定の距離に築かれた強固な見えない壁があるように思えるのだ。
     その向こう側から手を伸ばし、どうにか触れたいとする気配はあったが、いつも諦めたような躊躇するような間があり、結局降ろされる。まるで、そうしてロキを己の内に招き入れたが最後、傷つけて壊してしまうことを極度に恐れているかのように。
     わざわざ専用の個室を与えてもらって、「夜はここで寝ろ」と言ってくれる破格の待遇は非常にありがたかったが、何しろ〈魔導人形〉は生物と違って睡眠を必要としない。それでも無防備に寝ているところをうろうろされるのは決まりが悪かろうと、ロキは閃光が眠っている間は、そこでログの解析処理やデータの整理をして過ごすようにした。
     所有物など最初から何もなかったから着の身着のまま出て来たことに不自由はなかったが、閃光はジェフリーのところの警備兵服が気に入らないらしかった。一度『敵』と認識したものが視界をちらつくのが嫌なのかと思いきや、「ダセェ」と一言で切って捨てられた。
    「取り敢えずこれを着てろ。後から買いに行く」
    「買いにって……お店にですか?」
    「馴染みの口が堅えとこだから心配するな。何でも揃う」
     ロキは衣装を全部脱いだとて、人工皮膚を切り裂かれでもしない限りは、ヒトと区別がつかない。しかし、『人間社会に溶け込む潜入工作任務』は殆んどこなしたことがなかったから、当然ロキは与えられたものを纏うだけで、そうした類いの店に入ったことがなかった。
    ーー困ったなぁ……
     ロキにとって、衣服などそこら辺にかかっている看板と同じ、記号としての意味合いーー己の立ち位置を決めるものでしかない。が、日常生活を送るのに向いていない厳しい服装は、確かに目立つし異様だろう。ジェフリーの元から逃げ出してしまえば終わり、と言う訳ではないのなら、確かに新しい服は必要だ。
     けれど今まであらゆるものを自分で選んだことがないため、嫌、な訳ではなかったがどれが正解か解らない、と言うのは存外難しいものだ。適当に食材をぽいぽいかごに放り込んで、無人レジを通せばいい訳ではない。
     どんなものを身に着けていれば、閃光の傍らにいて不自然ではないのだろう?
     そんな想いがよもや顔に出ていたのだろうか。
     最後にぽいっと靴下を投げて寄越した閃光は、揶揄ではなく苦笑に似た笑みを浮かべていた。
    「まぁ……俺も最近ようやく慣れた」
    「そう、ですか」
     好き嫌いなど埒外であった期間が長い閃光も、どれでも選んでいいと言われるのは苦手だ。誠十郎にあちこち引きずり回されて、もう勘弁してくれと座り込んでいた子供の時分が懐かしい。
     大柄だったクリフの服がぴったりのサイズ丈だと言うことは、選択肢として広くはないがそこは仕方あるまい。多少残していてよかった、と密かに胸を撫で下ろしながら、クローゼットの扉を閉める。
     最初がそうした簡素なバトラー風デザインの服だったせいか、ロキはそうした格好を優先して選ぶことが多くなった。他にも徐々にロキの持ち物が拠点に増えた。


    →続く