「そう言えば、お前車の運転出来るのか?」
「ええ、任務でちょくちょく必要でしたし。あ、でも今僕免許証がないです」
「あー……じゃあ、今度用意して貰わなきゃな」
細く紫煙を吐き出しながら、そう言う閃光にロキは思わず目を丸くする。手綱を預けてくれるような真似はまだ先だと思っていた。
けれど、その無条件に寄せられる信頼が嬉しい。
「ええ……お願いします」
高速道路は使わず下道を走るため、それほど距離は稼げない。とは言え、絶えず狙われていると言う緊張感とはまた別の空気は、それほど悪くなかった。
夕方頃にはそこそこの大きさの都市に到着し、二人を乗せた黒い車は人波の中に姿を溶け込ませる。行き交う車の群れ、薄闇の中にテールランプやネオンの明かりが混ざり始めた。交差点で信号が変われば、どっと人いきれが吐き出されてすれ違う。
「閃光……こう言う人目の多いところって避けた方がいいんじゃないですか? もし誰かに見られたら……」
「いいんだよ、わざと来てる。こう言うとこでヒトは他人を見ねえからな。堂々としてろ」
「でも……」
「大丈夫だ。こっちにゃ世界一のハッカーがついてんだ、いざとなったら監視カメラもごまかせる。ナンバーもちょいちょい変わってたの気づいてたか?」
確かに普段地元の人間しか見かけないような田舎へ行くと、余所者と言うのはそれだけで目立つだろう。他人だらけで関心を持たれない都会の方が動きやすい。潜伏、と言う行為に慣れているのか、周囲への警戒を怠ってはいないものの、閃光はいたってリラックスして見えた。
ーーそう言えば、数年前に裏社会で話題になっていた〈黒い獣〉……莫大な懸賞金がかかっていたそれが、閃光のことだとしたら……
ふ、と『死んだ』と噂されていた者の名を思い出して、隣でステアを握る少年の横顔を盗み見る。
ロキも前々の主人が探索しようとしていたのをちらりと耳に挟んだだけなので定かではなかったが、先日打ち明けられた内容が咄嗟に意識の片隅に引っかかった。今喚起された記憶に照らし合わせると、驚くほど共通点が多いことに気づく。
追われて、狩られて、逃げ隠れることに精通しているように見えるのは、恐らくその想定があながち間違いではないからだろう。
ーーそれでも、貴方はこの世界に戻って来た……
先代の庇護の元でその爪牙を強靭に鍛え上げ、その使い方をよりよく理解した一廉の猛者となって。
たくさんの覚悟と自信を携えて。
それを何の衒いもなく信じられるようになってこその、相棒だとロキは思うのだ。
程なく車は駅近のビジネスホテルの駐車場に入った。平日故に空いてはいたものの、あまり長期滞在は怪しまれるため二泊だけ押さえた。部屋は隣同士だ。
「一緒の部屋じゃなくてよかったんですか? もし襲撃とかあったら……」
「いいか、ロキ。本っ当、お前まだ自覚がねえようだから再度言うけどな」
エレベーターの扉が閉まると同時に、じろりと鋭い視線が飛んで来た。
「兄弟には見えねえ、友達とも違う風な、『男二人』は普通同じ部屋に泊まらねえ」
「あ、はい」
ずい、と人差し指を突きつけられて思わず頷く。
「俺は明日この近くで『表』の仕事がある。お前は着いて来なくていい。部屋からなるべく出るな」
「でも……」
「心配しなくてもこの格好で『バレット(俺)』が出向く訳じゃない。本当に無関係な一般人だ。一度血を取り込んだお前なら、五キロ圏内は俺の位置が解るんだろう?」
「…………はい」
解っている。
最新機器すら潜り抜ける変装が出来る閃光と違い、この国ではだいぶ多国化が進んだとは言え、西欧人と言うだけで自分が目立つことは、ロキも理解している。ましてや、トイボックスは『怪盗バレット』以上に自分を探しているだろうことも。
落札価格、三億六千万ドル。
ジェフリーがロキを手に入れるために支払った金額は、決して安くない。
連れ戻すためには手段を選ばないだろうし、もし閃光に何かあって彼の元へ戻るはめになったなら、あの男は相当強固なプロテクトをかけるだろう。そうなれば、ロキはまた殺人マシーンに逆戻りだ。血と硝煙、悲鳴、怒号ーーその負荷を肩代わりするために、作られたモノ。
不意に、ぽん、と背中を叩かれた。ハッと現実に引き戻される。
「大丈夫だ。もう少し時間はかかるけど、お前が往来大手を振って歩けるようにしてやる。だから信じて任せろ」
→続く
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