24.

     そう、不敵に笑う閃光がどうするつもりかは解らなかったが、ただその真っ直ぐな言葉は嘘ではないと思った。これまでなら、何の根拠もないこんな状況での言葉など、信じられるものではなかったはずなのに。
    「はい」
     二手に別れて部屋に入ったところで、家事をしなくていいとなるとロキは本当に手持ち無沙汰だ。風呂も洗面も必要ない〈魔導人形〉にとっては、ゆっくり疲れを癒やすことで時間を消費する選択がなかった。
     仕方がないのでテレビをつけてみたものの、それが面白いのかどうかよく解らなかったので、ものの五分ほどで消した。次いで試しに、置いてあった寝間着代わりの浴衣に袖を通してみる。これは初めての経験だったために着方をあれこれ検索し、視界のネットワークブラウザ上の写真を見様見真似でやったおかげでそれなりに時間もかかったのだが、肝心の見て欲しい閃光が傍にいないのを思い出して、何だか急につまらなくなってしまう。
    ーー僕が、『つまらない』なんて……
     思わず苦笑がこぼれた。
     何時間でも身動ぎ一つせずに『待機』と命令されれば、それが解除されるまで立ち尽くすのが〈魔導人形〉だ。その間雨が降ろうが槍が降ろうが爆発が起ころうが、疑問も意見も逃げる選択も挟む余地などあるはずがなかった。
     パシャリ、と記念に写真を撮って自分の中のアーカイブに保存しておく。事がすんだら主人に見せよう。ぼす、とベッドの上に身体を投げ出す。
     回線を繋ぎ、今日の分のログデータを取り出すと、ロキは静かにそれを解析し始めた。
    ーー僕は……人間になりたいと、思ったことがあっただろうか……
     そもそも何かを考える、と言うことを始めたのは閃光に逢ってから最近のことだ。それまで自分に降りかかる物事も含めて、全ての事象に何かを感じたり思ったりしたことはなかったように記憶している。
     あの日、あの時、あの強烈な眼差しに射抜かれた刹那から。
     枕元に置かれている旧約聖書を何の気なしにパラパラと捲る。一言一句違わず諳んじるのも難しくはない、ただの『知識』ーー注ぎ込まれたデータとしての人間の心理、行動学、正しい反応を返すための解析と思考パターンもそれと同じはずだった。今までそれを外したことはない。いつだって、最新鋭の人工知能が弾き出す答えは間違いないはずだ。
     それなのに何故だろう。
     最近、無性に浮かぶ正解とは違う答えを口にしそうになる自分がいることを、ロキはくすぐったく思う。エラーメッセージをびかびかと放つ己の意識階層に、ノーと言える自分が面白くて堪らない。
    ーーだからもっと……閃光の思考を読め……
     彼が何を考え、何を望み、どう動こうとしているのか、を。彼の傍らにあるために、彼に必要とされるために。


    * * *


    →続く
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