どこかで食事を済ませてから仕事に向かうのだろう。 これも先代からこっそり引き継いだのだと言ういくつかの業務は、顔を出す機会などほとんどないとは言え、 最高責任者として実に多岐に渡る。 世界規模で動く市場をいくつも抱えているため、存外こちらの業務も忙しいのだ。
ーーいずれそう言う方面のスキルも、磨いた方がいいのかも知れない……
事務仕事、と言う点では今でも充分役に立てるつもりでいたが、それ以上の知識となると心許ない。ましてや秘書のような片腕ともなれば、臨機応変な対応や調整など一際ヒトとして高い能力を求められることだろう。
ーーそれにコンプライアンス上、まだ多分僕は携わらせては貰えないだろうな……
もっと閃光の信頼を得なければ。
差し当たって、今日は主人が戻って来るまで近隣の観光地情報でも眺めていようか、とベッドに横になる。出かけられる訳ではないが、どう言うものが人々の関心を得るのか、と言う点では非常に勉強になるものだ。
とーー
ウゥー……ゥウー……っ!
けたたましいサイレンの音に、ロキははっと我に返った。パトカーだ。慌てて分厚い遮光カーテンをめくり外を確認すると、眼下の大通りを二台の白黒車両が結構な速度で走って行く姿が目に入る。方角は駅前ーー閃光が出向いているはずの方面だ。
「…………っ、」
咄嗟に、検索エンジンで周辺のニュース速報と個人投稿の有無をサーチにかける。よもや心配していた通りに閃光は奇襲を受けてしまったのではあるまいか、 と背筋の辺りの回路がぞわぞわして不快だ。もどかしい、と言う言葉の意味を初めて理解したようで、無理矢理何かを飲み込んでしまったように、ずしりと重いものが胸の辺りにわだかまる。
ハッカーや情報屋のように爆速での情報の吸い上げ、 精査して誤報を振るい落とす術に長けている訳ではない。 それでもロキはものの数分で、どうやらその辺りで派手な発砲事件があったらしいことを掴んだ。
犯人は単独で、女性を人質に取って逃走しているとのことであったが、詳細も状況も一気に似たようなデータが上がって来るためいまいち正確に掴み切れない。 恐らく現場自体が混乱して、誰もがどう対処したものか、右往左往しているのだろう。
ーー取り敢えず……巻き込まれた、とかじゃないよな……
主人の位置はとある駅ビルに入ってから動いていない。
この騒ぎに気づいているかどうかも解らない。
けれどもし、万が一この犯人が閃光のいる建物に逃げ込んでしまったら? 万が一運悪く鉢合わせてしまったら? 閃光は例え『表』の仕事をしに行く時でも、決して丸腰で出かけることはしない。未だに彼が銃を完全に手放すのはシャワーを浴びる時くらいなもので、現代日本においてその警戒心の高さはいっそ異状と言ってもいいだろう。故に例えどんな状況であろうとも、 一般人に毛が生えた程度の腕の男に閃光が傷つけられるなどとは微塵も思ってはいない。
けれど、そんな状況で反撃しないほど主人は臆病ではないのだ。
→続く
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