「期限とかあるのか? 他に何か、渡す際の条件みたいなものは?」
「依頼人の希望では、なるべく一週間以内とのことですわ。早ければ早いほどいい、と……条件は勿論、壊れていないこと。傷一つついただけでも、首が飛ぶと考えてくださいまし」
「…………解った、問題ない。盗って来たらまた連絡する」
カップの底に残っていたコーヒーを飲み干すと、閃光はあっさりと席を立った。
「ちょ……っ、他に何か訊くことはないんですの!? 警備システムとか、目標の予定とか」
「……そんなのあんたに訊くより他に適任がいるだろ。二度手間だ」
呆れたように鼻を鳴らし、会計をすませて振り向くこともなく店を出る背中に、思わずいろはは小さく溜息をこぼす。
ーー今回が初仕事ですって? 随分とまぁ生意気な坊やだこと……
不遜を通り越して無謀とも思えるその態度に、怒りを覚えるよりも不安が募った。
普通は仲介屋相手とは言え、もっと詳細に条件や情報を訊ねたり、報酬の駆け引きを持ちかけたり、自分に有利なように交渉するものだ。
提示されたものだけで勝負するのは、あまりにも危険で分が悪過ぎる。
こちらが罠をしかけているだとか、ハメようと画策している可能性を考慮していないのだろうか。誰もが友好的にウマい条件で仕事を持ちかけて来るとは限らないのに。
ーー先代はそんなことも教えていない……? いえ、彼がそれを重要視していない……?
閃光には告げていないが、この案件は既に三組のそれなりの腕利きが先行し、悉く失敗していた。無論その誰もが連絡が途絶え、生死も行方も不明になっている。
黒い噂が絶えないのは大企業にはありがちなことだが、その中でもネットビジネスの闇は深い。揃わないものは何もないーーそれはつまり非合法なものも含まれることは、裏の社会の人間なら誰もが知っている。
こちらに塁が及ぶ可能性は限りなくゼロに近いが、まだ少年の域を出ない彼には荷が重いのは明らかだ。〈魔晶石〉関連の仕事はいずれも、もう『まともな』所持者などいない、治外法権の危険度MAXな代物ばかりである。覚悟や度胸だけでどうにかなるものではない。
恐らくトイボックスのセキュリティーは、度重なる侵入のせいで前回より更に引き上げられているだろう。
依頼主から責っつかれて困っているのは事実だが、いろはには何故スワロウテイルが彼を紹介して来たのか正直なところ解りかねた。
『バレット』は伝説級の諜報部員だ。
不可能を可能にし、ありとあらゆる獲物をその掌中に収めて来た正体不明のプロフェッショナルーー縁があって先代である誠十郎を知る身としては、生半可な者にその看板を背負って欲しくはない。その名に傷をつけるような無様を晒して欲しくはない。少年の身を案じる気持ちに嘘はないが、それ以上に失敗は許されないのだ。
しかし、仕事として投げ渡してしまった以上いろはにはもう出来ることなど何もない。
「マスター、どう思われます?」
いろはの問いに、それまで黙りこくってグラスを磨いていた馨は、ライトの光にそれを翳しながら笑った。彼もまた、先代をよく知る立場であったが、
「誠十郎ちゃんの秘蔵っ子でしょ? 黙ってお手並拝見させてもらいましょ」
→続く
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