最初に視界に飛び込んで来たのは、真っ白の無機質な天井。次いで鼻を突く消毒薬の臭いに、遠くほんの少しのざわめき。
――病院……
何度も世話になったからよく知っている帝国軍部の医療施設である。まだ麻酔が抜けていないのか、いまいち頭に靄がかかったようにぼんやりとしていて身体の感覚も鈍い。
――俺は、何で……
手探りで混濁していた記憶を探り、はっと我に返った。
「そうだ、ナナキ!!」
勢いよく飛び起きた瞬間、がつっと何かで頭を強打してカゲトラは再び布団の上に引っくり返る羽目になった。包帯の巻かれた傷口が開きそうな衝撃だ。
「痛ててて……駄目だよ、そんなに勢いよく跳ね起きちゃあ。血圧がおかしくなっちゃうじゃないか」
「……黒須サン」
悶絶しているところに声をかけて来たのは黒須だった。どうやら、気がついたこちらを覗き込もうとした彼とぶつかってしまったらしい。しかし余程の石頭なのか、眼裏に星だか火花だかが散ったこちらとは違い、多少涙目になってはいるものの、この上官はあまり痛手を受けた様子はなかった。
「酷い怪我だったね。傷だけじゃなくて骨も何ヵ所か罅が入ってるから、しばらくは安静に養生しないと……」
「すまん、俺の力が足りねえばかりにナナキが……どこか別の部隊が救出に向かってくれてるのか? あいつ、大丈夫だよな? っつーか、あの大量のナレノハテは? 俺はどのくらい寝てたんだ!?」
「いいから、落ち着いて。身体に障るよ」
諭すように静かな黒須の言葉に、じわじわと予感と言うにはあまりにも確信的な何かが込み上げて来る。その口調はいつもと同じ陽気で朗らかそのものなはずなのに、それは恐ろしくこの場に不似合いな気がした。
自分を初めて迎えに来た時もそうだ――そのそぐわない空気はどうにも嘘臭い。
傍らの丸椅子を引いてよいしょ、と腰かける黒須を見ながらカゲトラは彼の言葉を待つ。この胸にわだかまるどす黒い疑念を拭ってくれ、と願いながら。
「君は」
少し視線を伏せたまま、黒須は言葉を紡ぐ。
「あれから丸二日意識を失ってた。私たちがある筋から連絡を受けて玖街(くがい)を訪れた時、現場に残ってたのはカゲトラ君だけだった。だから、もしナレノハテがいたのだとしてもどうなったのかは、残念ながら解らない」
コチョウだ、と直感する。
もしかしたら見世を出てからこっち、彼女へ報告するための密偵が後を尾行(つけ)ていたかもしれない。
それにしたって彼らの武器では対抗出来やしないのだから、丸眼鏡の男たちが引き連れて帰ったのでもない限り、あの大群が全て消え失せたなどと言う手品のような現実の説明をつけることは出来ないだろう。
あの状況で血を吸われなかったのは、ただ単に運がよかったからに他ならない。
「とにかく、彼らとここまで連日連戦して君はまだ生きてる。充分よくやってくれているよ。だからこそ今はちゃんと休んで欲しい」
「俺のこたぁいいんだよ!! ナナキは……あいつはどうなった!?」
「消失した『マガツヒト』零壱號(ぜろいちごう)については」
いつもは『ナナキ君』と呼んでいるはずなのに、黒須が彼女をそう称したことで、全ての答えは既に覆せる段階にないことをカゲトラは理解した。
「既に暴走状態に入っている可能性、そうでなくとも奪還に際する労力、かかる被害の大きさを鑑みて、廃棄することになった」
→続く