通常の武器など意にも介さないナレノハテは、強力な魔神兵装(ましんへいそう)があってようやく対等に渡り合えるものだ。彼女は創立時からの生き残りだ、と自称していたから、かつては隊員も多数いて武器も揃っていたのだろうか?
     しかし黒須の答えは違っていた。
    「……かつてのナレノハテは体内に機巧を保有していなかったし、普通の武器でも対抗出来たのさ。吸血行動と規格外の身体能力だけなら、猛獣と大して変わらない。今みたいな仕様になったのは戦後――ナナキ君が初めての検体なんだ」
    「…………」
     それはつまり戦の影響で、蒸血症候群患者は――ナレノハテは凶悪化狂暴化したと言うことだろう。もしかしたらかつては罹患せずにすんだ者が、感染源に変化が生じたことで新たに発症するようになってしまったかもしれない。
     そう思うと、やるせない憤りにカゲトラの眉間はますますきつく寄せられる。
    「だが、通常なら発症と同時に失われる自我を彼女は辛うじて保っていた……そして自らを捕獲した帝国軍に、対陰人限定と言う条件つきで飼われることになった。それから今日まで……ナナキ君はずっと戦い続けている」
    ――それだけじゃねえだろ……そんな都合のいい話があるもんか……
     帝国軍上層部を独占している士族たちはヒトの皮を被った魑魅魍魎たちだ。自らの地位と楽しみのためなら、何を犠牲にしても構わないと、心底から思っている輩ばかりだ。そんな下衆な連中が体のいい実験対象を手に入れて、何もしなかったはずがない。
     隅々まで解体し分断し切り刻み、この世のありとあらゆる苦痛と恥辱を与えて、それでもなおナナキを殺さず生かしているのだろう。でなければ、魔神兵装(ましんへいそう)などと言う新兵器が今出来上がっているはずがない。
     それどころか下手をすれば、激化する前線に送り込み、敵国艦隊を蹴散らして来い、などと命じられる日もそう遠くないのかも知れなかった。
    ――何で……
     その気になれば彼女一人でも軍部を叩き潰すまでは行かずとも、逃亡することなど容易いだろうに、何故ナナキはそうしないのか。
     恐らくその答えはカゲトラと同じ――ここでしか生きて行く術がないからだ。ましてや、ナナキのあの気質では山奥にひっそり一人で引きこもって生活――などと言うのは不可能だろう。
     多分ここだけは己と違って、彼女は元来人好きなのだ。
     飼われていると解っていても、繋がれ捕らわれていると解っていても、それでも狗は己の守りたいものを貫き通すために主人の手を甘んじて受け入れ、尾の一つでも振ってみせなければならない。
    「ナナキ君を拐った奴らが何を企んでいるにしろ、暴走した彼女が街中に放たれたらお終いだ……敵方に火のついた爆弾を握られてるようなものなのに……」
    『わしの力は何かを守るために使いたい』
     そう言ったナナキの想いを踏み躙るような真似は、断じて許してはならなかった。
    「おい、黒須サン。あんた苗字持ちの士族なんだ。それなりに事情は知ってるんだろ」
    「……私に答えられることなんて、いくらもないよ」
     明らかに都合の悪い質問をされる予感がしたのか、黒須は先程までの真面目な顔はどこへやら、再びへらへらした暢気者の仮面を被って、狂暴な部下に手を焼いているかのようなふりをする。
    「魔神兵装(ましんへいそう)ってのは外部にも出回ってるのか?」
    「そんなことがあったら、帝国軍はとっくの昔に反乱組織にぶっ潰されてるだろうね」
    「だろうな。じゃあ、改めて質問だ。軍部で魔神兵装開発に関わった……しかも、本当の意味で製作に関わった技術者、いや多分医療関係者で、丸眼鏡の男はいるか? 三十代くらいで、見た目は割りと穏やかそうな。あ、あと恋人だか嫁さんだかの名前がヒナギクって言うはずだ。某かの重い病気にかかってた」
    「そこまで詳細な個人情報掴んでるのに、本人の名前は解らないのかい?」
    「仕方ねえだろ! お互い名乗って三、二、一! じゃねえんだからよ」
    「そうは言ってもねえ……丸眼鏡だって変装かもしれないじゃないか。大体技術者とか医者なんて、九割眼鏡かけてるから、みんな同じにしか見えないよ。あ、女の子は別だけど」
    「本当使えねえ上官だな!!」
     とは言え、我ながら無茶を言っていると言う自覚は、カゲトラにもある。
     そうした機密の情報が残されているとしても厳重に管理されているはずだし、士族と言えどその派閥やら何やらで毎度上手いこと欲しい情報を手に入れられる訳でもないだろう。彼らの間で欲しいものを得るためには、何よりも伝手と金が必須なのだ。
     しかしだからと言って、例えそれを閲覧出来たとしても、五十年の長きに渡る膨大な資料を一から引っくり返して検分している猶予などない。
    ――何か他に……他に手がかりはなかったか? 思い出せ……何でもいい、思い出せ!!


    →続く