「そんなところまで行く必要はねえ」
嘲るような言葉と共に振るわれたシャベルが、閃光の側頭部に炸裂した。
少しの躊躇も容赦もなく殺す気で薙ぎ払われた一撃は、その身体をまるで玩具か何かのように簡単に吹っ飛ばす。
「閃光…………!!」
途端に懐中電灯やランプの灯りが一斉に辺りを照らし出した。一体どれだけの数の人手が集められたのか――その安っぽく白々しい光の中、起き上がろうとはしない閃光からどろりと鮮血の泉が広がって行く。
「閃光!!」
「逃げられると思ったのか? クソ餓鬼共……お前らの甘い考えなんざお見通しなんだよ、俺を誰だと思ってる」
「父様……」
まるで、全身の血がざっと足元に流れ出してしまったかのようだった。
かたかたと震えて腰を抜かしたようにその場にへたり込むまほろを見遣り、修晟は血濡れたシャベルを地面に突き刺すとにんまりと笑って懐から煙管を取り出した。火を入れると、数度ふかして独特の匂いの紫煙を吐き出す。
絶望に染まる眼差しはいつ見ても愉快なものだ。だからこそ、どれだけ痛めつけようと蔑もうと、いつこちらの喉を食い破ってやろうかと隙を伺うような、閃光の不屈の光を宿す目が、苛立って嫌いで堪らなかった。
「いつこうなるもんかと黙って見てたら、案の定だ。困るぜ、まほろ……この馬鹿に誑かされるほど、お前も愚かだとは思わなんだ」
「…………っ、」
狂気じみた眼差しでこちらを見据え、ゆったりとした足取りで近付く父に、まほろは首を横に振りながら後退った。この手に捕まってしまったら、連れ戻されてしまったら、今度あの檻に繋がれてしまうのは自分に違いない。
いやそれよりも、そんなことよりも、
「閃光……っ、閃光!! 返事して!!」
流血の海に沈められた閃光は無事なのか。大人の男のフルスイングを、まともに頭に喰らって吹っ飛んだのだ。ぴくりとも動かないその姿を、修晟と同じく凶器を手に握り締めた男たちが取り囲む。
「頭潰してとどめ差したら、さっさとその辺に埋めちまってくれ。罷り間違っても這い出て来られないように、深く深く、な」
「しかし修晟さん……本当に殺しちまっていいのかぃ、このガキ。曲がりなりにも跡取り息子だろう?」
修晟が天狼家の伝統と血筋を重んじ、跡目を継げる男児の誕生を、喉から手が出るほど待ち望んでいたのは、村の人間なら誰もが知っている。
だからと言って分家の人間すら唾棄しかねないほど忌んでいる彼が、穢らわしい外の血の女など、新しく家に招き入れることなど考えられない。しかし、妻の椿はもう随分前に鬼籍に入っている。ならば、獣憑きでも生きていると解った彼の存在は、貴重なのではあるまいか――
口にはしなかったものの、言外にそう問いたい空気を漂わせている若い衆を流し目で見遣ってから、修晟は声を殺して笑いながら煙管の紫煙を吐き出した。
「なぁに、そりゃ人じゃねえ。獣畜生……いや、それ以下の化け物だ。生活を守るために害獣を駆逐するのは当たり前だろう? 何も咎められることなんざねえ。違うか?」
「けんど……後のこと、どうするんで? 兄さんも弟も、椿さんもいないのに……」
「そいつはもうとっくの昔に死亡届を出した、誰でもねえクソ餓鬼だ。最初からいねえことになってるモノを殺そうがどうしようが、罪に問えやしねえさ。それに、」
どうしたものか、と言うように互いに顔を見合わせる男たちを捨て置いて、修晟は座り込んだままの娘を見据えて嗤った。
「それに天狼直系の『女』なら、椿じゃなくともそこにいるじゃねえか。なあ、まほろ。息子なんざ、また作りゃいいんだ」
修晟に名を呼ばれたまほろは、びくりと身体を強張らせ俯いたまま、その貫くような視線から隠れてしまいたいと言わんばかりに、己を守ろうとするかのように組んだ腕をぎゅうっと掴んでいる。
「……めて……」
「さあ、帰るぞまほろ。そいつのことは諦めろ」
「放して……やめて、閃光!! 死なないで! お願い、起きて!!」
無理矢理腕を掴んで引き摺り連れて行こうとする修晟の手を、必死に振り払おうとまほろはもがき足掻く。悔しさよりも恐怖と焦燥に突き動かされて涙が滲み、視界がぶれた。
「一緒に逃げようって、一緒に生きようって言ったじゃない! 閃光!!」
「いい加減にしろ!!」
容赦なく父に張り倒されて、まほろは地面に転がった。打たれた箇所と鼓膜の奥がじんじんと響いて目が眩む。立ち上がりたくとも身体が動かない。
――お願い……もう二度と動かなくなってもいいから……動いて!! このままじゃ……閃光が殺されちゃう……動いて!!
泥に塗れるのも構わず、這いずって弟の元へ向かおうとする娘を、修晟は追いかけて再度頬を平手打ちした。
倒れ伏したところへ馬乗りになり、喉元を締め上げるように鷲掴む。
「か、は……っ」
「そんなに解らないなら思い知らせてやる。お前が一体誰のものか、その身体はよぉく解ってるはずだからな」
「まほろは誰の『もの』でもねえ! そこを退けくそったれ!!」
修晟がまほろの上着に手をかけてたくし上げようとした瞬間、二人を隔てるように闇夜に紅蓮の火柱が疾った。降り頻る雨など物ともせず、薄弱な懐中電灯やらの光とは比べ物にならないほど鮮やかな力強いそれは、そのまま閃光の怒りを表しているように思えた。
僅か掲げたその手は蒼白く光り、ちりちりと〈魔法術〉の名残を残して燻っている。
「ひぃ……っ!? こいつ化け物じゃ! 火出したぞ!!」
「馬鹿言え、何か武器隠し持ってるだけだ! 暴れる前に仕留めろ!」
恐怖に突き動かされて次々と手にした得物を振り下ろす男たち。けれどその先端が閃光を捉えることはなかった。
再びゴォ……っ! っと猛った炎が辺りの空気を焦がしながら牙を向き、凶器ごと彼らを燃やさんと踊りかかったのだ。それはあくまでも威嚇で牽制でしかなかったが、瞬く間に手の中の優位を消し炭にされた男たちは、悲鳴を上げながら距離を取った。
その悍ましいものを見るような視線の先で、閃光は立ち上がろうともがいている。
けれど頭をかち割らんばかりの勢いで思いきり殴り付けられたダメージは、本人が自覚している以上に深刻なのか、ぶるぶると震える腕でどうにか上体を起こしはしたものの、足が着いて来ないようだ。痛みをか、込み上げる別の何かをか、堪えようと食い縛った歯の間から苦し気に弾む呼吸がこぼれる。
「お前なんかに……まほろを、好き勝手する……権利は、ねえ」
「そのまま返してやるよ、クソ餓鬼が……俺はこいつの親だ。これは俺のものなんだよ。大人しく狗ころみたいに繋がれたままでいりゃあ、寿命くらいは全う出来たものを」
修晟が懐から取り出したものを見遣って、まほろは一気に全身の血の気が引いた。
銃だ。
真っ黒に光るその口を、這い蹲った姿勢の息子に向けると、ゆっくりと安全装置を外す。躊躇なく放たれた弾丸は、僅かに狙いを外して閃光のすぐ傍らの地面を穿った。続いて響いたもう一発は、喰らいついた肩口から血を噴き上げさせる。
三発目は脇腹を掠め、四発目は脚を貫いた。
「閃光、まほろの具合良かったろう?」
嘲るような声を上げて、修晟は吼える。
「お前に取っちゃどんな女神サマだか聖女サマだか知らねえがな、こいつは血の繋がった実の父親にも弟にも股開いたトンでもねえアバズレだ。俺の下でどんな顔してよがり啼いてたか、テメーにも見せてやりたいよ」
「…………まれ……」
「やめて……父様、それ以上閃光に言わないで!」
「そのままそこで、惚れた大事な女が他の男に犯されて孕まされるとこ見ながら死ね。俺に歯向かって逃げようなんざしたこと、百万回後悔しながら舌噛めよ」
夜闇に白い肌が晒される。突き刺さる男たちの下卑た視線と父の嘲笑と。
「黙れ……っ!!」
「閃光……っ!」
昨夜は届かなかった、声――
「まほろに……」
思考が真っ赤に染まる。
視界が真っ赤に染まる。
己の中で今か今かと爪牙を研ぎ澄ませていた獣が、ようやくかと言うようにゆっくりと首をもたげながら、ニタリと愉悦の笑みを漏らしたような気がしたが、最早今さら憎しみも怒りも哀しみも何もかも――そのどす黒い感情が暴走するのを止める術など、閃光は持っていなかった。
「まほろにその薄汚ねえ手で触るなあああああっ!!」
枷が、鎖が、檻が、閃光を人間足らしめていたありとあらゆる制約が、木っ端微塵に爆ぜて跡形もなく崩壊する。
「閃光…………っ!!」
大切なはずの彼女の声すら擦り抜けて、世界は騒音混じりに歪み、唐突にふつりと闇に消えた。
* * *
→続く
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