ざあざあと音を立てて鼓膜を穿つ、雨。
     冷たいはずのその滴の温度を、閃光は感じなかった。濡れて張りつくシャツの感触よりも、その手を汚すこびりついた生暖かい命の残骸の方が気持ち悪い。
     本来なら立ち込める濃い土の匂いは、噎せ返るほどの血の臭いに押し潰されて消え、夥しい数のたった先刻まで人間だったはずのものは、無様に中身を晒け出してぶちまけ、辺り一面に転がっている。
     決して雨で洗い清め流してしまえる罪科ではないのだと、その咎を突きつけるようにあちこちで上がった火の手は消える気配を微塵も見せずにまだ燻り続け、焦げ臭い黒煙を吐き出している。どんな災厄が降りかかれば、こんなに辺り一面まるで巨大な暴力に根刮ぎ叩き潰されたような光景が作り出せるのか――局地的な災害や大地震でもなければ、これほどの地獄絵図はそうそう描けまい。
     人の手も想像も、遥かに超えた終末の景色。
     けれど目の前に広がる破壊の爪痕を刻み込んだのは、他でもない閃光自身だ。
     込み上げる憎悪と怒りの感情そのままに、己が死ぬほど呪ったはずの力に溺れ、突き上げる本能と衝動に任せて、目につくもの全てを――閃光が知る世界そのものを、跡形もなくぶち壊し蹂躙した。
    『俺を――お前をなかったことにした奴らを……絶対に許すな』
     そう何度となく耳元で囁いた獣の声を、今までは聞こえないふりをしていられたのに。それでも思考が真っ赤に塗り潰されてしまう直前、確かに彼女の声だけは聞こえたはずだったのだ。
    『閃光、駄目……っ!!』
    ――そうだ、まほろ……まほろは!?
     全身悲鳴を上げそうになるほどの激痛に苛まれ、骨も筋肉も軋んだ音を立ててそのままバラバラに崩れ落ちそうな感覚を覚えながらも、閃光はどうにかよろよろと立ち上がり、返り血と泥に塗れたまま泥濘の中を歩き出した。
     裸足の足裏で踏み締める濡れた地面の感触が気持ち悪い。まるでそのままずぶずぶと沈んで飲み込まれてしまいそうな――事切れているはずの人々が怨嗟のために起き上がり、動き出して自分を更なる地獄へ引きずり込もうとしているような錯覚に陥る。
    「まほろ……まほろ!!」
     声は出る。
     が、返る答えは降り頻る雨の責め立てるような音だけで、炎が酸素を消費する音だけで、生きているものの気配はどこにもない。
     そして、閃光は嫌と言うほどよく知っているはずだったのだ。
     地獄なんて言うものは、この世のどこにでも自分のすぐ隣にも、当たり前のような顔をして口を開け、誰かが堕ちるのを待っているものであると言うことを。
     路上にぽつりと転がっていたそれを、最初遠目で見た時閃光はボールか何かだと思った。けれどこんなところにそんなものが転がっているはずがない。
     ならば、それは一体何であるのか。


    →続く