「はい、父様」
祝いの膳を前に盃を傾ける父は、酷く上機嫌に見えた。いつも酩酊している時は暗く荒んで澱みきった目をしていて、その狂暴さと独善的な面が増長しているのが常なのだが、今日の修晟は鼻歌でも口ずさみそうなほどである。
「ほら、お前も飲むといい」
並々と注がれた盃を差し出され、まほろは戸惑いながらもそれを受け取った。
緋色地に黄金で華やかな模様の描かれたそれは、芳醇な香りを漂わせていたが、何分初めて味わう酒の美味い不味いなど、解ろうはずもない。
――あんまり好きじゃないな……
酒の匂いは閃光に暴力を振るう父の象徴だ。けれど、せっかく今日は悪酔いせずに、和やかな雰囲気で己を祝ってくれる修晟の機嫌をわざわざ損ねることもなかろうと、躊躇いがちに口をつけたそれを、まほろはゆっくりと呷った。
焼けるように熱い液体が喉奥へと滑り落ちて行き、胃と言うよりは丹田の辺りがじわじと熱を帯びて行くような感触がした。
「苦い……」
「はは、舌はまだ幼いか。その内慣れるさ。まほろ、ほら飲め」
「私はもう充分です。父様が召し上がって」
「何を言ってる。今日の主役はお前だろう」
とは言え、父娘二人での宴席だ。
これで親戚一同が介すような大々的なものならまた、注がれる酒を躱すのも違う意味で大変だっただろうが、酒豪の父はまほろも飲めるものだと思っているのか、容赦なく空になった端から注いで来る。
そのペースに飲まれまいと、料理へ手を伸ばす努力をしてみたものの、杯を重ねるごとに顔は火照り、鼓動が早く呼吸は浅くなって行く。ふわふわと思考が溶けて行くようで、次第に修晟と交わしている会話の内容もあやふやになり始めた。
「父様、ごめんなさい。私、これ以上酔ってしまったら……」
「ふん、まあいい……そろそろ頃合いか。もう休め。手を貸そう」
そう差し出された修晟の手を借りて、泥のように重たく感覚の覚束ない身体を、どうにか立ち上がらせる。
力の入らない足は、きちんと立っているのかきちんと歩けているのか定かでなかったが、己を支える父の腕に危な気はなく、まほろは甘えて半ば以上を委ねたまま部屋までの廊下を歩いた。
「お前が十八か……早いような、あっと言う間だったような……年々、椿に似て来るな」
「そう、ですか? 私はもう母様のことは、ぼんやりとしか思い出せなくて……もっとたくさん写真があればよかったのに、っていつも思います」
仏間に飾られた遺影以外で、椿の写真は在りし日の姿は残っていない。閃光などは顔も知らないことに比べれば、まだ面影だけでも追える自分は幸せなのだと思うが、何分彼女が亡くなったのはまほろが八つの時だ。
物心つく前の記憶は、怒濤の毎日に押し流されて、次第に薄れ形を失って行く。
――そう言えば、あの子は写真一枚ないんだわ……
修晟の手が襖を開ける。
こうなることを予め想定して指示してあったのか、布団は既に敷かれていた。
「いなくなった人間に、失くなったものに、固執したところで意味はない。時間の無駄だ」
「父様、そんな言い方……」
「だから今度はその役を、お前が担わねばならないんだ、まほろ。天狼の血を……絶やす訳には行かないからな」
→続く
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