「…………マジかよ」
    「貴様、私を殺すまいとしたな? そんなことではボスはおろか、愚鈍な〈機械化歩兵〉の私にすら勝てんぞ」
     掴んだ閃光の手首をへし折らんばかりの勢いで捻り上げ、そのまま背中から地面へと叩きつける。投げ飛ばさない辺りがさすがにプロだ。息が詰まったこちらへ振り下ろされる切っ先。それを辛うじて躱してから、閃光は今度こそ撃ち抜いた僅かな傷を狙って渾身の力でアレンの体躯を蹴り飛ばした。
     吹っ飛んで瓦礫に激突するアレンを尻目に、そのまま跳ね起きて駆け出す。
    「何やってる、追え!!」
     がらがらと瓦礫を押し退けながら起き上がったアレンに、部下たちはひいっ、と引き吊ったように息を飲んだ。その野太い声の大喝に気圧されたと言うよりは、弾みで剥がれ落ちた人工皮膚の下から露になったアレンの本性に、鋼と機巧で出来たヒトとは違う姿に、畏怖を覚えたと言うのが正しいだろう。
     蹴飛ばされたように駆け出す男たちは、得物を片手に閃光に襲いかかった。
    「くそ……っ、止まれぇ……っ!!」
     弾雨の中を躊躇なく身を晒して駆け、繰り出される凶器の群れを掻い潜り、まるで嵐のように男たちの壁を突き破る。生身で素手とは言え、寧ろその身体能力をフル活用する閃光を普通の人間が止められるはずもない。
     目敏く彼らが乗って来たのであろう四駆を見つけると、閃光はその内エンジンも停止させていなかった一台の運転席に飛び乗った。ギアを切り換えると同時、アクセルを目一杯に踏みつける。
     タイヤが地面を斬りつけ、劈くような悲鳴を上げて方向転換する車体。必死に追い縋って来た男たちの目の前で、その影が遠ざかる。
    「くそ……っ! 追うぞ!」
     が、年嵩の男の言葉は実行出来なかった。運転席から器用に腕を伸ばした閃光が、サイドミラー越しにも関わらず、残った車輌のガソリンタンクを一台残らず撃ち抜いたからだ。
    「ヤバい……っ、伏せろ!!」
     散った火花が漏れ出した燃料に引火し、容易く火柱を噴き上げる。ドン……っ、と腹の底に響く爆音と熱波を叩きつけられ、男たちは揉んどり打って泥濘んだ地面を転がされた。ここがいくらか湿気や水気のあるところだからよかったようなものの、いつもならタイヤを撃つ彼にしては珍しい判断だ。
     悔し紛れの罵声を背に悠々と距離を広げながら、閃光はロキへとコンタクトを取る。
    「俺だ。無事か? 今どこにいる?」
    「よかった……閃光も無事ですね! はい、大丈夫です。ミツキさんも無事です! 交戦した文保局の方と、李側には死傷者が出てますが……一般客もほぼ全員無事です」
     すぐさま返って来た声はいつも通りだ。問題はなさそうだ、と判断してバックミラーを睨みつける。後続車はない。
    「船は襲撃地点から南へ五キロ下った辺りに落としました。そこから一番近い港まで救助挺で運ばれて……現在地、送ります」
     瞬く間に起動した携帯端末で、ロキの位置を確認する。恐らく直線距離ではそれほど離れていないはずだが、何分中華帝国は広大だ。
    「このままならシャンハイシティ辺りが真ん中か……合流するぞ」
    「あ、はい。あの……ミツキさんは?」
    「事後処理やら対応やらあんだろ。目ぇ盗んで振り切って来い。ちょろちょろされると面倒くせえからな」
    「……解りました」
     何やら言いたそうな気配を滲ませながらも、ロキは実際には何も言わずにそれでは後程、と通信を切った。解る。解っている。相方が何を言いたいかくらい、顔を見ずとも察せられる。伊達に何年も共に過ごしている訳ではない。
     けれど、彼の方も閃光の言葉の方が正解だと解っているから、不必要に重ねて踏み込んで来ないだけだ。
     それに甘えている自覚は多々あったが。
    ――だから面倒くせえんだよ……
     舌打ちをこぼして煙草を探すものの、そう言えばびしょ濡れになっていたため先程捨てて来たのだったと思い出して、閃光はなおさら苦い溜息を吐いた。


    * * *


    →続く