飛んで来るのは勢いのあるカントン語、屋台の揺れる鮮やかな赤提灯とネオンの煌めき。当の昔に日付変更線は超えてしまったはずなのに、そのエネルギーは絶えることなく街と言う怪物を動かし続ける。
シャンハイシティに入ってから、閃光は頂戴して来た四駆を乗り捨てた。
あの帯蒼茶褐(カーキ)色の巨体は街中ではいかにも不自然であるし、何よりあちこちに張り巡らされた検問を抜けるのに邪魔くさい。〈神の見えざる左手〉の所有車としてマークされているかどうかは解らなかったが、後部座席や何やらに間違いなく後ろ暗い代物が入っているだろうから、余計な嫌疑をかけられるのはごめんだった。
――お嬢ちゃんの仕業か……なかなか仕事早くなったじゃねえの……
それに目を光らせているのは、何も文保局や警察ばかりではない。本拠地から離れているとは言え、この街も四大財閥の一角である李家の支配下にあることに変わりはないのだ。配下の黒服が血走った双眸で辺りを睥睨し、こちらの影を追おうと躍起になっている。この国で人海戦術を取られたら一溜まりもなかった。
――さて、どうしたもんか……
恐らくロキの方もすんなりと待ち合わせ場所に来られはしないはずだ。きっちり振り払ってから合流しなければ、地の果てまでも追われるだろう。アレンたちが追いついて来ない保証もない。のんびりしている時間はなかった。
先程包囲網を突破するために発砲したせいで、残りの弾丸はせいぜい一ダースと言ったところだ。
閃光が携帯端末を立ち上げてルートをいくつか絞り込もうとした時、
「いたぞ! バレットだ!!」
「げ」
黒尽くめの男たちが、拳銃を片手に数名駆け寄って来る姿が目に入った。面が割れたのか、耳に仕込んだ無線機で応援を請うカントン語に慌てて踵を返す。
「ったく、トライアスロンかよ!!」
古びた商店が立ち並ぶ狭い道と、行く手を阻む人垣を掻き分けての逃走は、いかな並外れた体力と身体能力を誇る閃光とて、泳いで一戦交えた後とあってはさすがにしんどい。おまけに一般人に当たったところで構うものかと言わんばかりに、遠慮なく背後から銃声まで追いかけて来る。
そんなものに当たってやるつもりは毛頭なかったが、悲鳴を上げて逃げ惑う彼らを無闇やたらと足蹴にして行く訳にも行かなかった。
「悪い! 頼む、退いてくれ!」
それでも掻い潜り、飛び越え、華麗に避けて、閃光は一定以上の距離を保ちながら逃げる。業を煮やした男たちは、空中へ向けて一度空砲を撃ち放った。
「李大人へ無礼を働いたそのコソ泥を捕まえろ! 誰でもいい、褒美をやるぞ!」
→続く