待ち合わせの場所に既に来ていたロキは、些か居心地が悪そうな佇まいで屋台の一角に腰を下ろしていた。
     何せ世界屈指の多国籍な歓楽街であるシャンハイシティにおいても、彼の長身と金髪蒼眼は人目を惹く。いや、その身に纏う場にそぐわない折り目正しい空気が、掃き溜めの中の鶴のように目立つのだ。観光客でもなさそうだ、となればなおさらだろう。
     袖を引く強引な女性グループに、流暢で丁寧なカントン語で対応していたものの辟易しているのは明らかで、困ったようにぱっと上げた視線の先にこちらを見つけた相方は、あからさまに安堵したような表情を浮かべた。
    「閃光、ここです!」
    「……ああ」
     片手を上げて応えてやると、こちらに向いた女性陣の期待の眼差しがぎょっとしたように強張る。それはそうだろう、今の閃光の服装はどう見ても堅気ではない。売り飛ばされる前に退散しよう、と判断したのか、彼女たちは「お友達来てよかったわね」「それじゃあ、私たちはこれで」とそそくさとその場を立ち去った。
    「何だ……別に遊んで来てもよかったんだぜ?」
     揶揄するようにそう言えば、ロキは再び困ったような表情で眉を寄せた。
    「何言ってるんですか、こんな時に……閃光、怪我は? 左手やられたでしょう?」
    「大事ねえよ。もうちょいで塞がる。着替え……持って来てくれたのか」
    「さすがに、中華帝国には拠点がないので間に合わせですけど……ふふ、それよりは馴染み深いと思いますよ」
    「笑うな。やっぱり作っとくべきだったな。今度物件探すか」
    「スパか何か寄ります? 乾いたとは言え、それじゃあ気持ち悪いでしょう?」
    「いや、いい。取り敢えずこいつの家で借りることにした」
    「…………その子は?」
     言われるまで気づかなかった、訳ではないだろう。けれど閃光から紹介されるまで、ロキはフーシャオのことを問わなかった。
     澄んだ蒼い双眸を向けられて、少年はたじろいだように二人の顔を交互に見遣る。恐らくつるむにしてはアンバランスな――似ていない空気感に戸惑ったに違いない。
    「逃亡助けて貰った。しかも何と獲物の関係者だぜ」
    「それは……ありがとうございました」
     自分より随分と年下であるにも関わらず、ロキはフーシャオに深々と頭を下げて礼を告げた。それほど大したことをした訳でもない(何せ小遣い目当てだった訳であるし)のに慇懃にされると、却って恐縮してしまうものだ。
    「い、いや別に……そんな大層なことは」
    「とにかくここじゃ何だ。誰の耳目があるか解りゃしねえ。乗れ、話はそれからだ」
    「はい」
     狭い並列座席に詰めて乗り込む。少年が小柄だったのがまだ幸いだったろう。
     中華帝国は格差の激しい国だ。
     首都北都を中心とした都市部では高層ビルが建ち並び、最先端技術を駆使した財閥系企業ら一部の富裕層が互いに凌ぎを削っているものの、少し郊外に出ればその栄光の影を引き摺るかのように古びた露店が軒を連ねる商店街が広がり、荒廃した貧しい労働者階級の人々が犇めき合うように暮らしている。
     それでも、まだ不自由なく暮らして行けるだけ『都会』ではあるだろう。
     その広大な国土の大半を占める山間部や農村地帯は、まるで〈大戦〉前の時代に置き去りにされてしまっているかのように、よく言えば朴訥とした長閑さ――人々が物語に出て来る神仙の住処として思い描くような光景が、悪く言えば文明からは程遠い不便極まりない光景が広がっている。
     建物の高さが徐々に低くなり、数もまばらになり、田畑や草原や山道が殆どになり、喧噪が遠ざかって行く。そんな中の一つが――嵐が襲来すればたちまち吹き飛んでしまいそうな古びた平屋が、フーシャオの住まいだった。


    →続く